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短編11 第1話

まだまだ仕事が選べるようなキャリアではないし、選り好みせずどんな役でも出来るようになりたい。 そもそも、そんなに仕事がある訳ではないが、オファーがくればどんな役だってやってみたい。 優志は役者を本格的にやり始めてから、そんな風に思っていた。 以前、樹に主演をやらないかと持ち掛けられた事があった。あの時はプライドが邪魔して断ってしまったけれど、今ならきっとその話を受けたと思う。 例え自分に合わない役でも、制作側が納得しないだろうとしても、それでもそこから別の役に、もしくは次の仕事に、人脈に繋がる事だってある。 あの時の自分の判断を後悔する事はないけれど。 だからこそだろう、どんな仕事でもやりたいと強く思えるのは。 順調、とまではいかないがアクターズ出演以来、ドラマや舞台の仕事が増えた。 それ以外にも雑誌の取材や、配信番組への出演等仕事は様々だ。 つい先日まで、舞台で初めての女装役に挑戦した。良い経験にもなったし、楽しい思い出も沢山出来た。 最初は恥ずかしかったけれど、舞台の上では堂々と役を生きたと思っている。 そこまで自分には求められないと思うが、機会があればまたやってみたい役だと思っていた。稽古着にとワンピースも買った事だし。 だがそれは、あくまで役の上での話だ。 そして、あくまで!仕事の上での話だ!! だから。 「……あの、これは……まさか……」 「絶対似合うと思うんだ、メイド服」 「……このド変態……!!」 恨みがましい瞳で睨んだところで、どこ吹く風だ。樹には全く効かない。嬉々とした笑顔で早く着替えて来いと言う。 分かっているのだ、自分の恋人が要求を拒まないという事を。 そして優志も口では嫌だと言っても、いや、心底嫌ではあるが、逆らえない、逆らわない事を分かっていた。 優志は渡されたメイド服を紙袋から取り出し、重いため息をついた。 *** 時間は数時間前に遡る。 舞台公演が終り、次の仕事までは3日間の休みが出来た。優志はその休日を樹の部屋で過ごす事に決めていた(迷いながら聞いてくる優志に樹が快諾した形だが) 千秋楽後に打ち上げがあり、帰宅は深夜になった。疲れてもいたので翌日は昼近くまでベッドで休みながら、溜まっていた洗濯をしたり、散らかっていた部屋を片し夕方まで過ごした。 夕食は一緒にと約束していたので、樹の部屋の最寄り駅近くに新しく出来たというイタリアンレストランに行く事になった。 パスタを食べながら他愛ない話をした。ワインでも飲もうかと誘われたが、部屋に帰ってゆっくり話もしたいし、その時に飲もうと提案した。 あの時飲んで酔っぱらって部屋に帰って即寝られれば、こんな事にはならなかったのにと今更ながらに思う。 マンションまで二人並んで歩いた。 短い道程の途中、誰もいないのを確認してこっそり手を繋いだ。車の近付く音がするまでの数分は、心の中に灯をともすような幸せを感じながらの帰途だった。 残暑も終わりすっかり秋めいた陽気が続いていたが、今日は朝から暑かった。 大量に汗をかく程ではないにしても、樹と触れ合う前にシャワーは済ませたい。樹の部屋で二人きりになった途端、自分が汗臭くないか気になった。 「先に入っていいよ、何か飲むか?」 「う、ん……樹さんに任せる……」 「わかった」 優志はゲストルームに置かせて貰っている衣装ケースの中から下着着と部屋着を持ち、浴室へと向かった。 風呂から上がると、樹もシャワーを浴びると言い入れ替わりで浴室へと入った。 何か飲むか?と聞かれ、任せると言っておいたが特に何か用意がされている訳ではなかった。 酒を飲んで眠くなるのも勿体無い。まだ話し足りなくはあるが、それよりも早くベッドへ行きたいと思ってしまう。誘うのは恥ずかしいけれど、久しぶりなのだ、きっと樹だって待ってくれていた筈だ。 リビングでテレビを見ながら樹を待った。 30分も待っていないだろう、待ちに待った樹が戻ってきたのは。

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