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第2話
「飲んでなかったのか」
「うん……どうしようなかって……眠くなっちゃうかもだし……」
ソファーへ座る優志の隣へ樹も腰を下ろす。ふわりと香るのは同じボディーソープの匂い。
「疲れてる?」
「ううん、それは、大丈夫!」
「……そうか」
優しく微笑まれ、恥ずかしくなる。
別にそんなに強調しなくてもよかっただろう。でも、ここで疲れてるなんて言えば、きっと樹はもう寝ようと言い出すに決まっているから。
「お茶でも淹れるか」
「あ、オレやるよ」
「ありがとう」
立ち上がった優志に続き樹もキッチンに着いてくる。手伝ってくれるのかと思っていると、棚から箱を取り出してくれた。
「紅茶、貰ったんだ」
「そうなんだ」
「ティーバッグになってるから使いやすくていいな、ティーポットは持ってないし」
「うん、何の紅茶?」
「色々あるみたいだ……適当に飲んでるからよく分からないんだが……」
長方形の箱にティーバッグが並んで入っている、幾らか隙間があるのは樹が飲んでいるからだ。
紅茶専門店のロゴに見覚えがあった。利用した事はないが、ショッピングモール等で見た事はある店だ。
「色々あるね、紅茶だけでも何か種類色々……あと、フレバーティーと……ルイボスティーもあるんだ、樹さんどれにする?」
「うーん、どれでもいいよ、選んで淹れてくれ」
「分かった」
リビングへ戻っていく樹の背中を見送り、まずはお湯を沸かす事から始めた。
「美味しい……」
「うん、そうだな」
優志が選んだのはキャラメルの香りのする紅茶だった。甘ったるい香りではなく、鼻孔に優しい芳香が届く。甘くまろやかな味わいの紅茶に、気分が落ち着く。
部屋の中はエアコンが効いているので、熱い紅茶は体をほぐしてくれるようだ。
半分程をゆっくりと飲んで、そうだと話題を切り出したのは樹だった。
「この間の舞台、面白かったな、あれ、優志も可愛いかったし」
「……来てくれてありがとうね……」
可愛いかった、と言われるのは恥ずかしかったが見に来てくれた事は素直に嬉しかった。
初めて女装役に挑戦した舞台。期間は5日間と短めで、劇場も1階席のみの小さめの場所だった。だからだろう、とても客席が近く反応がダイレクトに伝わる劇場だった。
客席の通路に降りる演出もあったので、樹が来てくれているのは優志にも分かっていた。
優志のはにかむように浮かべた笑顔を見て、樹は続けた。
「写真も全部買ったんだ、お前用のアルバムをそろそろ用意しないとな」
「……えっ……買ってくれたの……?」
「そりゃ、買うさ、ランブロも買ったぞ、ちゃーんとお前のはコンプリート出来たしな」
眼鏡の奥の瞳を細め、樹は得意満面の笑みだ。
「えっ!ホントに?!」
優志は驚きの声を上げた。
ランブロとはランダムブロマイドの略で、外から見えないようなパッケージにランダムで入った写真の事だ。
「ランブロとか久々に買ったなぁ……美月がいた時は買ってたんだけどな」
「あぁ……ダーツのね……」
「でもダーツの時より種類少なかったしな、会場にトレーディングスペースもあったから変えやすかったよ」
「えっ???!」
「流石に全部自引き出来ないからな」
「…………」
嬉しいが、じわじわと面白さの方が込み上げてきた。守川樹がランブロのトレードとは……。
「てゆうか、目立たない……?」
「何が?」
「……いや、樹さんがトレードしてたりとか……身バレとか……」
「別にバレても問題ないだろ」
「は?いやいや……」
「目立つとかは別になぁ……あまり話しかけられなかったから、こっちから交換には行ったけど」
「……」
トレードの場というのがどういう物なのかいまいち分からないが、こんなに見目の良い男に写真のトレードを持ちかけるのは勇気がいるだろう。話し掛けられないのは分かる。それに同性は少なかったのではないだろうか。分かっていないようだが、絶対目立っていた筈だ。
「とにかく揃ってよかったよ、なんかシークレット?っていうのを引いていたみたいでな、お前のシクレと交換出来たし、他の俳優と一緒に写ってるやつも変えられたんだ、オレは優志のだけ欲しかったしな」
「……まぁ、あの舞台の主演は人気ある俳優の人だし……オレのはそんな人気ないと」
「そんな事ないぞ、求優志っていうか、ゆっこちゃん多かったぞ!!」
「……」
珍しかったからではないだろうか……。
個人ブロマイドは私服バージョンだったので、女装はしていなかった。ランダムブロマイドのみ、女装バージョンだったのだ。
それは全出演者分ではなく、女装した俳優の分のみ(ほぼ女装しているので全員といっても大差ないのだが)
「サイン付きは当たらなかったけどな」
「……書こうか?」
「……いや、いい、ていうかお前そんなに気安く受けるなよ、対価払ってないんだからダメだ」
恋人からサインの対価など貰えないだろう、という顔をすると真面目な顔で諭された。
「若手俳優とかはあれだろ、写真の売上とかでギャラ変わってくるだろ?サインもそうだ、サイン会とか金取ってやるだろ?プロなんだからそういうのはタダでやる事はない」
「……樹さんはサインくれたじゃん」
以前献本にサインを入れてくれた事がある(本は別で買ってあったが)
「オレのはいいんだよ」
「……」
「写真集発売とかでサイン入れたりするだろ?そういうのに並ぶよ」
「……」
そもそも写真集発売予定はないし、並ばれるのもどうかと思うが、きっと樹は並んでくれるに違いない。
有り難いと思う事にしておこう。
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