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第2話
昼過ぎケーキは完成した。ケーキ作りなんて初めてで何をしたらいいのか全く分からなかったけれど、美月や母のレクチャーを受けながらだったからか失敗もなく完成まで漕ぎ着けた。
樹と美月の母は二人の母親だけあって、美人と呼んで差し支えなかった。
化粧っけがないのに、素材だけでキレイと思える所はちゃんと美月が引き継いでいる。多分、美月が歳を取ったらこんな風になるのではという見本のようだ。
昼御飯も出してくれて、久しぶりに家庭の味に触れたのも嬉しかった。
普段はコンビニ弁当や冷凍食品が多い優志なので、煮物など食べる機会が少なかった。
肉じゃがやひじきの煮物が出され、嬉しかったのはそれを過去樹が食べてきているという事だ。同じものが食べられて、樹の家庭の味が知れた事が嬉しかった。
いつかこの人に料理を教われたら、なんて事まで考えてしまった。
スポンジケーキが焼きあがり、仕上げに生クリームを塗り苺などのフルーツを飾った。
若干苺の位置のバランスが悪かったり、生クリームの絞りの形が歪なところもあったが、それは手作りなので許容範囲の内だろう。
「わぁー、出来たね!」
「うん……!」
「きっとお兄ちゃん喜んでくれるよぉー!」
完成させた達成感と、初めてのケーキを作り上げた感動で優志は嬉しくて自然に笑顔が湧き出た。緊張していたけれど、もうそれもない。
最初はどう呼べばいいのか分からなかった樹と美月の母の事も普通に「お母さん」と呼んでいた。その事に気付き、内心焦って照れて、でもそう呼んでもちゃんと返事を返して貰えた事が嬉しかった。
「お兄ちゃん、待ってるよね?」
「……うーん、夕方までには行くって言ってあるだけだけど……」
「そう、でも多分待ってるよ、早く行ってあげた方がいいって」
ケーキを箱に仕舞い、美月は赤いリボンを掛けてくれた。大き目の透明なビニール袋に入れそれを優志に渡してくれる。
「じゃあ、出かけましょ」
「うん」
「母さん、ありがとう、じゃあ行ってくるね、夕飯はいらないから」
「はいはい、じゃあ樹によろしくね」
「母さんも電話してあげたら」
「いいわよ、別に」
「じゃあね」
玄関先で母と娘がやりとりを交わしている間、佐々岡は車を取ってくると言って近くのコインパーキングに行ってしまった。
優志はどうしたらいいのか考えていたが、美月が先に出てしまったので一人玄関に取り残された。
「あ、あの、今日は……ありがとうございました」
「いいのよ、あの子が強引に連れて来たんでしょ?」
「そんな事ないです……美月ちゃんにも……その、色々……」
色々ってなんだと自分で突っ込むが、頭が真っ白になってしまい言葉が出てこない。樹の母親なのだと思うと、変に舞い上がってしまう。
さっきまでは上手く話せていたのに気のせいだったようだ。
「あの、樹さんを……産んでくれて、ありがとうございました」
「……あら」
「あ、え?あ、すみません、オレ、何言ってんだろ……すみません、あの、では、おじゃましました……!」
「優志君」
玄関を飛び出した優志の背中に声が掛かり、足を止め恐る恐る振り返る。
「……はい……?」
「今度はちゃんと樹と一緒にいらっしゃい」
「……はい……?」
「じゃあ、またいらして下さいね」
「はい……今日は本当にありがとうございました……」
ぺこりと頭を下げ前を向くと、既に美月の姿はなかった。車道まで出ると白いワゴン車が止まっていた、運転席には佐々岡が、そして助手席には美月が座っているのが見えた。
「優志君」
助手席の窓が開き、美月が手招く。優志は慌てて車の方へ走り出した。
***
樹の部屋のあるマンション前で車が止まる。マンション内には駐車場があって、そこは来客用スペースもあった筈だ。それなのに車道で止まったので、優志は首を傾げた。
「優志君、着いたよ」
「……うん」
「あ、大丈夫、邪魔したりしないからね」
「え?」
「お祝いは二人でしてって事」
「え?!なんで?!だってケーキ……」
「ケーキは二人だと大きいかもだけど、今日泊まって行くんでしょ?だったら、2日掛けて食べて、お兄ちゃん優志君が作ってくれたケーキなら喜んで食べてくれるよ」
「いや、でも……きっと美月ちゃん居た方が喜ぶよ……」
いまだ美月がいる時は三割増しで機嫌がいいのだから。
「そんな事ないよー、誕生日は恋人と二人の方がいいって」
「こ、こいびと……って……!」
佐々岡もいるのにと思ったが、どうやら話はしてあるようだ。それもそうだろう、樹の誕生日にただの友達が実家へケーキを作りにくる筈がない。
だが、優志の焦りなど知らぬ顔で美月は笑顔でがんばってね、と手を振っている。
何を頑張るのか分からないが、とりあえず降りるしかなさそうだ。
「……美月ちゃん、今日はありがとう……オレ一人じゃケーキ作れなかったよ……」
「いいのよ、そんなの~、ふふふ、頑張ってね~」
「うん……ありがとう、あの、佐々岡さんもありがとうございました」
ルームミラー越しに会釈が返ってくる。優志は最後にまたありがとうと言って車を降りた。
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