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短編6

 スズシロ企画の社長、鈴池史季(すずいけふみき)は心配していた、いつもの事だが物凄く心配していた。 「優志苛められたりしないかな、地方ロケって初めてだろ?大丈夫かな?」 「大丈夫ですよ、もうあの子も二十歳過ぎているんですから」 「でも人見知りだし、引っ込み思案なのいつまで経っても直らないし」 「……そんなに心配なら社長付いていけば良いじゃないですか?」 「あぁ、そうだね、付いて行こうかな」  馬鹿じゃないの?そう心の中だけで罵り、岩根浩子(いわねひろこ)は社長の机にマグカップをドンと置いた。  横並びで二つのデスクが向かい合って並ぶ部屋の奥の窓際に、社長のデスクは置いてある。部屋の中には社長と岩根、事務員の坂井の三人がいるだけだ。  社長の戯言は今に始まった事ではないので、岩根も坂井も無駄な突っ込みはしない。放置だ。  そんな放置にも気付かず、社長は更に言い募る。 「だから会社名決める時言ったんだよ、止めた方がいいんじゃないかって……それなのに、鈴池と田代なんだからスズシロでいいじゃん、何て軽いノリで決めちゃうから……」  副社長の田代幸恵(たしろさちえ)なら言いかねないと岩根と坂井は思った。  心配性の鈴池社長に反し、田代副社長は何も考えてないような楽天家だった。その場のノリで決めてしまう事も多い副社長の言動に振り回されているのは社長だけでなく、社員も一緒だった。 「スズタ、とかイケダでもいいじゃん、て言ったんだよ、それなのに幸ちゃんがスズシロって可愛い感じがするから良いなんて言うから……」 「確かに可愛い感じしますね」 「……初めはモデルばっかりだったから、まぁそれでもいいかなって思ってたけどさ……今は役者の子だって預かってるのに……」 「はぁ……」 「スズシロ企画だから大根役者なのか、なんて嫌味言われたら可哀想だよ……」 「そんな大根居ませんから大丈夫ですよ」 「そうかい?」 「はい」  面倒くさい、と思いながら岩根は頷く。確かに大根役者などと陰口を叩かれそうな役者は居ない。演技が出来そうにない者には役者の道はそもそも歩かせない、モデルはモデル、役者は役者と役割分担は出来ているのだ。  不出来な者まで抱えて居られる程のうちは大企業ではないのだ。 「……そうだね、幸介なんかホント成長したしね……今ではうちの看板役者だよ」 「そうですね」  看板というか、稼ぎ頭というか。確かに幸介がいるので、今の事務所がある、といっても過言ではない。  売れ出すまでには紆余曲折はあったものの、今は順調に売れ出している。知名度の点ではまだ低いが優志だって順調と言える。だが、優志は性格が大人いいから心配なのだろう。 「おはようございます」  ドアが開かれ中に入ってきたのは、今話題に上がっていた幸介と優志だった。 「あぁ、おはよう、早いね」 「あれ、まだまっちゃん来てないの?」  まっちゃんとは幸介のマネージャーである松本の事だ。幸介は待たせて貰うと言って社長のデスクの隣にある黒皮のソファーに座った。 「幸介さん、コーヒー飲みますか?」 「あぁ」  優志は慣れた手つきで棚に置いてあるコーヒーメーカーにコーヒーをセットし始める。 「優志、忘れ物はないかい?」 「はい、大丈夫です」  泊まりがけでの地方ロケ。出発は夕方、そして撮影は深夜らしい。夜の森の中で行われると言っていたのを思い出し、社長はまた心配性を発揮した。 「優志、懐中電灯持ったか?あと、虫除けと虫刺されの薬も持ったかい?」 「はい、岩根さんが用意してくれたので大丈夫です」 「一人で大丈夫かい?」 「はい、大丈夫です」  アクターズで知り合った役者が二人程いるので心強い現場なのだ、撮影班にも見知ったスタッフもいるのでそれもある。  それらを話す優志の顔は楽しそうだ。 「苛められたら言うんだよ」 「大丈夫ですよ」 「事務所の名前で苛められてないかい?」 「……?苛められてませんよ」 「そうか?大根役者なんて言われてない?」 「??大丈夫です?なんで大根なんですか?」 「だから事務所の名前から」 「……?スズシロ企画?」 「優志」  優志と社長の会話が噛みあってないと思った岩根が横から口を挟む。 「春の七草って知ってる?」 「はい」 「言ってみなさい」 「えっと……セリ、ナズナ、ハコベラ……あ、スズシロ」 「そう、あとゴギョウ、スズナ、ホトケノザの七つね」 「はー、勉強になります」 「で、スズシロって何?」 「何って七草の……」 「そう、だから、どんな物?」 「何かの草なんじゃないんですか?」 「……」 「……」 「……」 「……」 「優志、後でウィキで調べてみれば」  沈黙の中、助け舟を出したのは幸介だ。 「あ、そうですね!」 「あと、お前コンビニ行くって言ってたんじゃないのか?」 「あ、そうだった、すみません、荷物置いときます、すぐ戻りますね」 「……えぇ、行ってらっしゃい」  ぱたぱたと出て行く優志を見送り、残された者達ははーっと溜息を吐き出した。 「天然?」 「いや、あれは無知と言うのよ」 「ほらね、やっぱ心配だよ、あほなんだもん、あの子時々……」 「で、スズシロって何かの草か何かですか?」  空気がピシリと固まった。のほほんとした顔の幸介を睨み付け、社長と岩根が苛立った声を出した。 「……幸介、あんた自分で言ったんだからウィキで調べなさい!」 「どうしてこうあほの子が多いんだ、うちは!」 「あほじゃないっすよ、優志と一緒にしないでください!」  その後優志が帰ってくるまでぎゃいぎゃい騒ぎが続き、ひっそりと坂井一人が溜息を吐くのだった。 完

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