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鍵と告白 第1話
多くの人達で混雑している新宿駅東口。駅の階段を上がって直ぐの交番脇に立っていた優志は、目当ての人物を目に止めると口元を緩め軽く手を上げた。
「樹さん」
「悪い、待たせたな」
「ううん、別に待ってないよ、大丈夫」
待ち合わせは19時半、そして今は19時25分位だろう、優志が早く来過ぎただけで樹は遅刻していなかった。
15分前には来ていた、と正直に話すつもりのない優志は行こうと樹を促すと雑踏の中へ足を踏み出した。
「美味しかったねー、お腹いっぱい」
「あぁ、美味かったな、また来ような」
「うん」
魚が食べたい、という樹のリクエストで今日は海鮮居酒屋に行く事になった。以前行って美味かったんだ、そう言って優志を誘ってきたのだ。
刺身も出てくる料理も美味しくて、食べ過ぎたというか、飲みすぎてしまったなと歩きながら思う。
出される料理に日本酒が合うのだ、やっぱり和食と日本酒って合うなぁなどと考えながら駅までを歩いた。
樹とは春に恋人になりまだ2ヶ月ちょっとだ。泊まりに行く事はあっても、待ち合わせをして夕飯を食べるというのはあまりした事がなかった。
デート、と言っていいのか優志には分からなかったが、樹の隣を歩く足取りは一人の時より軽かった。
「オレ、牡蠣ってあんま食べた事なかったけどさー……生牡蠣って美味しいね!」
冬に食べるイメージの牡蠣だったが、今日は夏に旬を迎える岩牡蠣を食べた。
「あぁ、気に入ったなら今度はオイスターバーにでも行くか?生牡蠣なら築地でもいいしな」
「うん、あ、オレ築地でお寿司食べたい」
「いいよ、いい店知ってるんだ」
「うん」
飲みすぎた感はあるものの、歩みが怪しくなる程量を飲んだ訳ではない。だけど、ちょっとだけ眠くなってきている。
隣を歩く樹を見れば、こちらも眠そうな目をしていた。酒が入ったせいもあるが、優志は朝が早かった為、そして樹は締切直後で寝不足の為だ。
「ふぁぁ……」
欠伸をしながら駅の階段を下る。歩きながら、そういえばこの後どうするか決めていない事に気付く。
今日の約束は夕飯だけ……その後の事は約束していない。樹は締切直後と言っていたけど、他の締切って何かあるのだろうか?
財布を出し改札に翳し中へ入る。電車は別の路線になる、このまま樹の部屋へ着いていってもいいのかな、聞いた方がいい?それとも聞かなくても平気?
中央線のあるホームへと続く階段の手前で樹の足が止まった。
「そうだ、優志」
「……なに?」
仕事帰りのサラリーマンや、OL、学生、老若男女人種も様々、駅には人がごった返している。立ち止まった樹は通行の妨げになると気付き、優志の腕を引き壁際へと連れて行った。
観光ポスターの前で二人は向かい合った。さっきまでの眠気はどこかへ行ってしまったけれど、樹の方はまだ少し眠そうだ。
「樹さん?」
「たまには優志の部屋に行こうか?」
「……え?!」
突然の提案に驚いた声が出る。その驚いた顔を、樹は楽しげに眺めながら続きを口にした。
「オレ、お前の部屋行ったことないしな、行ってみたいと思って」
「え??お、オレの部屋?」
「あぁ、まずい?」
数秒躊躇い、優志は口を開いた。
「……あんまきれいじゃないけど……」
「オレの部屋だってきれいじゃない」
「……そんな事ないよ……」
樹の部屋は定期的にハウスキーパーが入っているのだ、そんな部屋と比べたら自分の部屋なんて豚小屋みたいなものだ。いや、豚って綺麗好きっていうから豚に失礼か?
いや、きれいとかの前に樹さんに見せたらまずいものとかあったっけ?ないよね?でも掃除機かけたのいつだっけ?
優志が黙ってしまうと、拒否されたと思った樹は別にいいんだ、と何だか寂しそうな声で言う。
そんな風に言われてしまえば、優志としては断る理由もない。
「……狭いよ?」
「あぁ、いいよ、泊めてくれるか?」
「……うん……」
「じゃあ、行こうか」
「うん……」
あまり気乗りはしないが、優志は樹を招く事に決めた。
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