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第3話
樹の後に優志もシャワーを使った。一応体の隅々まで念入りに洗い部屋に戻ると、樹は床に座り込んで何かを見ていた。
「樹さ……な、何見てるのー?!!」
「……あ、優志」
「ちょっと……!」
慌てて樹が手にしている物を奪うと、優志はそれを元の場所、ベッドの下にある箱の中に隠した。
「……優志、ごめん」
「……」
「ほら、男だったらやっぱエロ本の隠し場所とか同じなのかな、とか思ってな……その……悪かったよ……ごめんな、優志……」
泣きそうな顔で俯く優志の肩に手を掛け、優しく摩っても優志は表情を和らげなかった。
まるで樹の声が聞こえていないかのような、拒絶の表情に樹は再度謝罪の言葉を口にした。
「ごめん、優志……」
「……幻滅、した……?」
か細い声が樹の耳に届く。
「……え?」
「……お、オレが、ゲイだって……知ってると思うけど……でも……」
「なんで?」
「……」
「優志……こっち向いてくれ」
両肩に手を置き、力ずくで樹の方へ振り向かされる。だけど優志は怖くて顔を上げる事が出来なかった。
青ざめたような表情、さっきまでのほろ酔いはもうどこかへ消えてしまった。どうしよう、と混乱している優志の頭上にため息が落ち、益々体を固くし溢れそうになる涙を必死に抑えた。
「優志」
殊更優しい声音。だけど、樹はきっと呆れているだろう。
もう自分の性癖は知られているというのに、どうしてこんなにも怖いのだろう。
それは自分がノーマルではないといつもコンプレックスに感じているからだ。樹はノーマルな性癖、多少変態っぽい所もあるけれど、結婚した事もあり今だって女性を愛せる筈だ。
だけど、自分は違う。男に欲情する、しかも抱かれたいなんて思ってる。今は樹にだけだけど、もしこれから先樹と別れる事があったとして、次に付き合いたいと思うのも同性だ。
いくらゲイだと知っていても、ベッドの下に男同士のAVなんて隠していたら気持ち悪いだろう。恋人ならきっと尚の事幻滅してしまう。
それが怖かった。
「……優志、あのな……お前、AV見られた位でどうしてそこまで落ち込むんだ?」
「……」
落ち込んでいる訳ではない。だけど、説明も出来ず優志は俯いたまま黙っていた。
「別にオレはお前の母親でも父親でもないからな、エロ本が出てこようがエロビが出てこようが別に構わないんだけどなで……まぁ、予想範囲内だし」
「……予想範囲内……?」
「まぁ、何か出てきたら見てやろうって思って探した訳だから、こういうのが出てくるのは予想出来るよ、逆にフツーのAVが出てくる方が驚く」
「……驚く?」
「驚くよ、優志は女もいけたのかって……ゲイだから割と安心な部分もあるんだ、でもバイなんていったら周りがライバルだらけになるだろ、女がほっとかないような顔してるからな、優志は」
ちらりと目だけを上げ樹を見ると、その顔には苦笑が浮かんでいる。優しそうに見つめてくる瞳には侮蔑や軽蔑するような色はない。
漸く安心した優志は体から力を抜き、隠していた箱の蓋を開けた。
「……樹さんから見たら……その、きもち、わるいかなって……思って……」
「別に、気持ち悪くなんてないよ、自分では偏見ないつもりだし、知り合いにゲイがいない訳でもないしな……」
「……そっか……だけど……心配にはなる……恋人、だから……嫌われたくない……」
「この位じゃ嫌いになんてならないよ、なれる訳ない」
力強く断言され、優志の顔に安堵の笑みが浮かぶ。ごめんな、勘違いさせた、そう言って優志の頭を撫でる。
箱の中には二枚のDVD、両方ともゲイ向けのAVだ。それと使用済みのローション、これも何に使っているか分かってしまわれているだろう、それも少し恥ずかしい。
「それ買ったのか?」
「……ううん、貰った……」
「貰った?……もしかして、センパイ?」
「あ、うん、そう……」
「その先輩、とやらは元彼なのか?」
矢継ぎ早に質問は続く。そういえばこういう話をちゃんとするのは初めてかもしれない。
「うーんと、元彼とはちょっと違う?かな……」
「じゃあ、元彼は別にいる?」
「……いないよ、ちゃんと付き合うの樹さんが初めてだもん、言わなかった?」
首を傾げて聞けば、頷くだけの返事が返る。樹の両腕が伸び、包み込むように抱きしめられた。
シャワーを浴びたばかりなのに、照っていた体はすっかり冷め切っている。それを温めるように、樹は背中をゆっくりと摩る、その優しい手付きに何故だか涙が出そうになった。
「……オレ、恋人が出来るなんてずっと思ってなかった……好きって……告白するのすら出来ないって、ましてやデートするとか手を繋いだりするのも絶対、出来ないって……」
「ゲイだから?」
「うん……」
「……でも、恋人も出来たし、デートもしてる、手だって繋げるよ」
「うん……」
優志も手を伸ばし、ぎゅっと樹の体を抱きしめる。背は自分の方が高くなりつつあるけれど、体の大きさはまだ樹の方が大きい。
骨格の違いだろうか、大人の男の体だと体を密着させる度に思う。
今こうして抱き合っている事さえ、優志には奇跡のように感じる。樹の方はそうは思っていないみたいだけれど。
「……優志……」
甘い囁きが聞こえ、顔を上げればキスが落ちる。目を閉じそれを受け入れ、少しだけ唇を開くとするりと樹の舌が入り込む。
幸せだと思った。好きな人が自分を好きだと言ってくれて、抱きしめてキスしてくれる。
多分当たり前の事なんだろうけれど、本当に幸せだと思った。
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