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第4話

 キスが体中に降る、首筋に、胸に、薄らと筋肉の付き始めた腹筋に、その下にある優志自身に。  上向き始めた先端にキスをされ、握られた竿が上下に扱かれる。じんわりと拡がっていく愉悦に身を任せるように、目を閉じ与えられる快楽を享受した。 「……はぁ……ふぅ、んん……あ、ぁ……」  手の感触が消えると、生温かい粘膜が優志を包んだ。喉の奥まで引き込み、舌で扱かれれば徐々に射精感がせり上がってくる。 「ん、んん……!」  それと共に溢れそうになる嬌声に、優志は慌てて口を抑え声を漏らすまいとした。 「声」  それだけ言うと袋を揉みしだきながら、そそり立ったそれを再び咥えると唇を窄め絞る取るように吸い上げた。  樹が何を言いたいのかを理解はしたが、望んだ通りに出来はしない。だから必死に声を抑えた。 「……優志」  フェラチオが途切れると、樹の不満そうな声が耳に届いた。見れば困ったような表情で優志を見ている。 「……だって……壁、薄いし……」  安アパートなのだ、樹の部屋のようにしっかりとした防音が施されているマンションと一緒にされては困る。  ガラス戸は閉めたし、会話が聞こえる程壁が薄い訳ではないが、嬌声と分かられるのも気まずい。しかも男の声なんて、きっと気味悪がれるに決まっているし、恥ずかしい。 「……大丈夫だろ、隣の声聞こえてこないぞ」 「聞こえては来ないけど……で、でも……ぁあん……!だ、め……!」 「分かったよ……じゃあ、オレの部屋の時は我慢するなよ」 「……」  いつも我慢したくても出来ずにいる訳だが、それを素直に言うのも憚られ、優志は答えを濁すように視線を反らせた。 「そうだ、ローションはいいとして……オレ、ゴム持ってないぞ」 「……オレも……持ってない……けど」 「まぁ外に出せばいいか」 「中に……え?」 「え?」 「……」 「……お前意外と中出しすきだよな……」 「す、すきって訳じゃないけど、だ、だって、今日は……ないし、だから」 「じゃあ、今度は用意しておいてくれるな?」 「……うん……」  それはまたこの部屋に来てくれるという事だろうか。期待した瞳で見つめれば、極上の笑みで返された。 「優志……」  下から腕を伸ばし衝動のままに抱きしめる。好きだと叫びだしたくなるのは、樹の想いを貰えた時。恋人になってまだ二月余り、まだまだこの関係に慣れなくて戸惑う事も多い。  今までの関係と全く違う、恋人という立場。どこまで踏み込んでいいのか、どこまで許されるのか、どこまで気持ちを曝け出していいのか、曝け出せばいいのか、まだ全然分からない。  もしかしたら、さっきみたいに自分の全てを樹は受け止めてくれるのかも知れない。だけど、もし嫌われてしまったら、なんてネガティブな考えがいつも頭の片隅にある。  信じていない訳ではない。信じているけれど、この不安は信頼とかの問題じゃない。  いつかはこんな不安な、不安定な気持ちは消えるのだろうか。それとも、どんどん膨らんでいくのか、ずっと付きまとうのかそれも分からない。  だけど。 「……樹さん、すき……」  今までは言えなかった言葉が今は言える。気持ちを堂々と伝え、同じ気持ちを返してくれる。  不安が根こそぎ消える事はないけれど、樹の隣という自分の居場所を認めて貰えたらか。 「あぁ……好きだよ、もっと優志から聞きたいよ、声もだけど、気持ちはもっと聞きたい……」 「うん……いっぱい、言う……好きって、いっぱい……大好きって……言う」 「優志……」  こんな事位でと呆れないで欲しい。  こんな事が、自分にはとてつもない幸福なのだ。  好きと言って言い返してくれて、抱きしめ返してくれる腕の温もりが、涙が出るほどに幸せなのだ。  ぎゅっと強く抱きしめる。少しだけ身動ぎされ、もしかしたら苦しいのかと思わなくもなかったけれど、そのまま樹を抱きしめ続けた。 「……優志……」  嗚咽に変わる前に泣き止まなくてはと思うのに、一度流れ出した涙は中々止める事が出来ない。 「顔、見たいから腕、緩めてくれ」 「……」 「優志……」  心配そうな声音に、少しだけ腕の力を緩める。  顔を覗き込まれると、柔らかく微笑まれた。その笑に呆れた色はなく、ほっとしていると目尻に唇が触れた。 「お前はよく泣くな……」 「……樹さんが、泣かせるんじゃんか……」 「はは、そうか……オレが泣かせているのか……」  指で涙を拭われ、そのまま頬を撫でられた。優しい手付きに段々と気持ちが治まってくる。 「……ごめんなさい……その……中断させちゃって……」 「ん?いいよ、いいのか…?しても」 「……うん……して、ほしい……」 「優志……」  行為の再開は深いキスから始まった。

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