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第8話
シャワーを浴びて寝室に戻ってくると、既に寝ていると思っていた優志はベッドの中央に体育座り、スマホを眺めていた。
「優志」
「……」
呼ばれてぱっと顔を上げた優志には一瞬笑顔が浮かんだが、直ぐに俯き、聞き取れない言い訳が始まった。
「べつに、その、だって、これ……」
「何かしてくれるのか?」
「しないよ!」
風呂から出た時は半袖のティーシャツにハーフパンツを履いていたので、わざわざ着替えたという事だろう。
ベッドの上に畳んでおいたメイド服は、今は優志が着ている。靴下もちゃんと。ショーツは洗ったので下は自前の下着だろう。
嫌がっていた割に、また着てくれたので実は気に入っているのかもしれない。
ベッドに腰かけ、優志の顔を覗き込むようにして言う。
「かわいいよ」
樹が言えば、優志は満更でもなさそうな顔を作る。やはり気に入ったのかもしれない。
「部屋着にするか?」
「しないよ!!!」
「そうか」
残念だと笑って言えば、呆れた視線が飛んでくる。
「これじゃあ、寝れないだろ……」
「……だって、ちゃんと……見てなかったかなって、樹さん」
「……見せてくれるのか?」
「み、見せるだけだよ」
「分かってるよ」
優志はベッドから降りて、樹の正面に立つと後ろ姿まで見せたいのだろう、くるりと一回転した。
「樹さんならミニスカートかと思った」
すらりとした長い足は、今は舞台後という事もありムダ毛処理もしてある。確かに、ミニスカートでもよかったかもしれない。
「優志にはこっちが似合うと思ったんだ」
「……そっか……」
優志は化粧をした所で女性に間違えられる顔付きではない。だが、優志のように整った顔の男が着ると違和感は合っても全く似合わない訳でもなかった。
「脱ぐよ」
「あぁ」
残念ではあるが、眠そうな顔で待っていてくれた事を考えれば早く休ませてあげたい。
「背中、こっち向けて」
「うん」
優志の背中に向かい手を伸ばす。ベッドに座ったままの樹の為、優志は中腰になってくれた。
ファスナーを下ろし、上半身部分を脱がせる。あとは自分で脱いでくれとばかりに手を服から離せば、優志はちらりと背後を振り返ってから自分で脱ぎ始めた。
脱がして欲しかったか?聞いてみたかったけれど、止めた。
「きれいな肌してるよな」
「え?」
「すべすべしてて」
顔もだが、体全体にハリがあり、すべやかな肌だ。手入れをしているのは知っていたので、当然と言えば当然ではある。職業柄必要な事なのだろう。
「……触るの、気持ちいい…?」
靴下を脱ぎパンツ一丁でベッドに乗り上げ、樹の隣へ何故か正座でかしこまる。
「うん」
正直に言えば、何とも嬉しそうな笑顔が優志の顔に浮かんだ。
「……分かって貰えてると思ってなかった……」
「そうか?しょっちゅう、って訳ではないけど……触る機会は多い、そりゃ分かるさ」
「……うん……」
猫のようにすりっと額を腕に押し付けてくる。明る目の茶色い髪がさらりと流れ、うなじが見えた。だけど、そこには触れず優志の背中から腕を往復するように撫でる。
「お手入れしてるもんな」
「ん……」
優志用の部屋着などと一緒に化粧水やクリーム類が置いてある。風呂から出ると毎回付けているのだろう。
「……そうなんだけど……顔は……ちゃんと手入れしないとだけど、それ以外は……そこまで……でもね……その」
額を離し、樹をじっと見つめる。下着だけしか着けてない姿は何度も見ているというのに、いつだって樹の心と体の温度を上げた。
「樹さんが触って……すべすべだったら……触るの気持ちいいって思ってくれるかなって……思ってたから……ちょっとうれしい……」
えへへ、と笑って背中を向けると部屋着に着替え始めた。
本当に可愛い事を言ってくれる。
想われているのは分かっているけれど、こんな風に自分の為に手間をかけて体を磨いてくれるのは嬉しい。
「優志」
呼べば着替え終わった優志はベッドに座ると、樹の膝の上に頭を乗せた。
「ふぁ……」
小さく欠伸をして目を閉じる。その頭を優しく撫でれば、口許に笑みが浮かんだ。
布団に入って寝たいと思うけれど、猫のように甘えてくる優志を見ていたい。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
寝てしまってもいいか。
暫し至福の時を堪能してから寝よう。
優志の髪をすきながら、樹も口許に優しい笑みを浮かべた。
完
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