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記憶の朝#3
焼いたパンケーキの隣にベーコンと目玉焼きを載せていたおれは、了介さんの気配に振り向いた。綺麗に髭を剃った了介さんが、上半身裸で立っている。その鍛え抜かれた体に、思わず釘付けのおれ。それから、恥ずかしくて目を逸らす。了介さんが覗きこんでくる。
「ご飯、作ってくれてありがとう。つわりは大丈夫なのか?」
「大丈夫です。今日は気分いい。匂い嗅いでも平気だし!」
笑顔で振り向く。
嘘。じつはちょっと気持ち悪くなってきた。でも心配かけたくないし、もうすぐ料理も作り終わるから、頑張るぞ、おれ!
了介さんは黒のTシャツを着ると、キッチンの窓際の、コーヒーメーカーのほうに向かいながら呼びかけてくれた。
「征治もコーヒー、飲むか?」
「あ、おれ、妊娠中だから控えようと思ってて……」
「あ、言ってなかったっけ。カフェインレスのコーヒー、買ったんだ」
「了介さん、気の利き方が尋常じゃない! 天才!」
「だろー?」
笑いあいって、了介さんが食料品を入れた籠の中から黄色の蓋の、インスタントコーヒーの瓶を出してくる。ほんと了介さん、凄い。おれがコーヒー好きなのを知ってて、カフェインレスを買ってくれるなんて。愛を感じる。
と、言っているあいだにもどんどん気分が悪くなってきた。とりあえず、できた朝食プレートをリビングダイニングのテーブルに持って行く。おれの分は、いつものハイカロリーゼリー。
了介さんがコーヒーの入ったマグカップを漆塗りのお盆に載せて、運んできてくれた。
「こっちの、クマさんのマグカップが征治のコーヒーな」
了介さんの家に遊びに来るようになってから、スターウォーズのマグカップを愛用していたおれ。昨日割ってしまって、残念だ。これからはクマさんの顔の形のこれを愛用にしよう。
「いただきまーす」
あつあつのコーヒーをすする。少しあっさりしている気がしたけど、コーヒーの苦み、味わいは感じられて、美味しい。
美味しい! と言うと、飲ませて、と了介さん。コップを渡す。
「お、コーヒー美味い。征治が作ってくれた朝ごはんもすごく美味しそうだ。いただきます!」
もりもりと朝食を食べ、「美味い!」と言ってくれる了介さんに、おれの顔はゆるゆるになる。
「う、うれしい」
ふわーっと笑うと、了介さんが目を細めておれを見た。
「征子はなんでもできるな。おれにはもったいない、できたお嫁さんだ」
ぱーっと顔が赤くなる。目を伏せて、もじもじする。
「りょ、了介さんだって、おれにはもったいないお婿さんです!」
「おれ、仕事頑張る。征子と赤ちゃんに楽させてやるんだ」
微笑む了介さん。ありがとう。エプロンの上からお腹を撫でる。
「あのね、了介さん。おれ、いいママになれるかなあ」
了介さんはコーヒーを飲む手を止めて、笑った。
「なれるよ。なれる」
「自信、ないけど。でも……女装してるとね、なんだかママになれそうだって、そんな気がするんです」
完全に気のせいかもしれないけど。
そっと、抱き寄せられた。いつの間にか、了介さんがおれのそばにいて、肩を抱いてくれていた。
「征治は子どものころ、女の子になりたかったんだもんな。そして将来は綺麗な女の人になって、大好きな人の子どもを育てるのが夢だったんだよな」
「……はい」
おれの、最大の夢。大好きな人と、子どもを育てること。ママになること。
ねえお母さん、「なんたいにんしんしょうこうぐん」ってなに? ぼくもママになれるってこと?
あのね征治、そのことをお外でいっちゃだめよ。
どうして? ぼく、ママになりたい!
それはね、恥ずかしいことなのよ。
「おれ、ずっとママになるのが夢だった。でも、母さんにそれは恥ずかしいことなのよ、って言われて。ずっとなんでなのかわからなかった。今でもわからない。でも、女の人の格好してたら? そしたら恥ずかしいことじゃないんじゃないか? そう思ってるんです」
「恥ずかしいことなんかじゃないよ」
了介さんはおれをぎゅっとして、ささやいた。
「それはとても、素敵なことだ」
「素敵な……」
その言葉を噛みしめる。了介さんの大きな手が、おれの頭を撫でる。
「征治は自分を羞じる必要なんてないからな。あなたはおれの、大事な大事なパートナーだ。そして大事な子どものお母さんだ。おれの人生に欠けてはならないものだ。というか、おれの欠けた部分を埋めてくれる存在なんだ。征治は征治のままでいてくれ」
涙をぬぐう。了介さんの手が、そっとおれの頭を撫でる。
「ありがとう。……泣いたら付け睫毛、とれそう」
笑うと、了介さんも笑ってくれた。
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