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妹がやってきた#1

「ここに住んでるの?」  一澄(いずみ)は物珍しそうに、おれと了介さんの暮らすマンションの部屋を見回した。おれはエアコンを入れながらも冷や汗をかき、「そうなんだ」とつぶやく。  リビングダイニングのソファに座っている、ジャンガリアンハムスターのぬいぐるみ「ハムちゃん」を見つけて、「可愛い」と目を輝かせていた。  そう、一澄は、ふつうの女の子。おれの異母妹。  小柄で、華奢で、そしてとてつもなく美しいことを除いては、ふつうの女の子。  ウェーブがかかった黒髪はショートで、肌は抜けるように白い。大きな茶色の目と、付け睫毛なんかつけなくても長く濃く華やかな睫毛。鼻は小さく、唇はぽってりとしていて、赤い。顔にはそばかすが散っているけど、それすらも一澄の透明感を引き立てている。  白雪姫みたいな、可憐で可愛く、美しい女の子。  おれの子どものころからの憧れはディズニーの白雪姫だ。そんな白雪姫を思わせる容姿の妹に対しては、やっぱり羨望と嫉妬の思いが同居する。  とはいえ、一澄は昔から気が強く、はっきりとものを言い、おれとはまったく違う性格だ。可愛い容姿に油断していたら、キツい一言と眼差しを浴びせられた、という男も多い。そのはっきりものを言える性格もまた、おれにとっては羨ましかった。  おれの四つ年下の二十歳。保育士になるため、短大に通っている。  先日のLINEのあと、予定を合わせ、おれが休みの月曜日(図書館は全国的に月曜日が休館日だ)に富山の実家からここ、神戸に泊まりにきてくれたばかりだ。 「学校はもういいの?」  麦茶を出しながら尋ねると、一澄はソファに座り、膝に乗せたハムちゃんの頭を撫でながらこくりとうなずいた。 「来月から実習が始まるけど、それまでは暇よ。それより」  おれを見つめ、にこっと笑う。 「紹介してよね。お兄ちゃんの彼氏」  自分の分の麦茶を注ぎながら、顔が赤くなった。 「わ、わかってるよ」 「いつの間に婚約したの? 隅に置けないわね」  綺麗な顔でニヤニヤしている。恥ずかしい。おれは一澄が持ってきてくれたお土産の梨最中をガラスの皿に出しながら、「知ってるでしょ?」とぼそぼそ言った。 「一澄には話したことあったよね。名前と、職業と、どんな人かってことは」 「うん。一年と半年くらい前だったっけ。聞かせてもらったわよね」  一澄はお茶を飲みながら、まだニヤニヤしている。 「名前は、天馬了介さん。四十二歳だっけ」 「今は四十三歳」 「そうそう。私立探偵で、探偵社の社長で、とっても優しくてかっこいい人。だったっけ?」 「そう。おれにはもったいない旦那さん」 「のろけるわね。なにかきっかけがあって、プロポーズされたの?」  ぎくっとする。最中を運ぶ手が震えたけど、派手な音はさせずテーブルに置くことができた。  一澄にも、両親にも、まだ言っていない。妊娠のことは。 「えっと……。まあ、いいころあいじゃないか、ってことになって。いいタイミングが重なって」 「タイミングは大事よね。いいなあ」 「一澄だって婚約中でしょ?」  一澄は、就職が決まってから結婚しようと約束している男性がいる。年上の、杉浦晴臣(すぎうらはるおみ)さん。おれも会ったことがある。ちょっとぽっちゃりしていて、とっても優しい、一澄の気の強さにも怯まないおおらかな男性だ。  一澄は最中を食べながら微笑んだ。 「うん。最近は会えてないなあ。晴臣も誘って、ダブルデートしてもいいかもね」 「……晴臣さんはおれがゲイだってこと知っても、動じてなかったよね。そのこと、すごくほっとしてる」 「彼はなんというか、呑気だから。それに、そういう差別は嫌いなんですって。体が受け付けないって言ってた」 「いい人だな。晴臣さんと了介さん、似てるかも。優しくておおらかなとこが」 「なるほどね。わたしは負けん気が強いし、お兄ちゃんは気が弱いから、優しくておおらかな人が合ってるのかも」 「だね」  顔を見合わせて笑う。一澄と話していると、楽しい。地元では、妹とこんなに仲がいいのは変とか、シスコンとか、からかわれてたけど。だって、一澄といると楽しいから。話が合うことばかりじゃないけど、化粧の話もできるし、ファッションの話もできる。一澄は小柄で、おれはデカいから、女装したときでも着るものは違うけど、それでもお互いの好きな格好の話をして、ときどきはおれが女装して、でこぼこ姉妹として街を歩くのは楽しかった。  こんな格好、見られたら恥ずかしいよね? 初めて女装していっしょに外を歩こうってなったとき、おれが言ったら、一澄は笑って「そんなことない」って言ってくれた。 「お兄ちゃん、綺麗だもん」  あのこと、今でも覚えてるよ。 「食べないの?」  一澄の声で我に返る。手つかずの、おれの梨最中。慌てて笑った。 「うん。お昼ごはん、食べ過ぎちゃって。あとで食べる」  ほんとはつわりで気持ち悪いから、食欲がないだけ。最中をそのままにして、麦茶を飲む。一澄は最中を食べきってしまうと、「じゃあ」といたずらっぽく笑った。 「そろそろ作戦実行する? お兄ちゃん」 「うん、そうだね!」  おれも笑って、腰を上げる。  目指すはお馴染みになった大型スーパー、<兵庫スーパー>だ。

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