10 / 15
妹がやってきた#2
そしていっしょに買い物、いっしょに料理を終えたおれたちは、八時過ぎに笑顔で了介さんを出迎えた。
「ただいまー。あ、初めまして! 遠いところをようこそ。一澄さんですか?」
一澄です、と愛嬌がありつつクールな笑顔を浮かべる妹。どうやってそんな表情ができるのか、おれも知りたい。
「初めまして、天馬さん。兄がお世話になっています」
ぺこりと頭を下げる一澄。「おれこそ世話になってます」と笑顔の了介さん。とりあえず初邂逅は成功……かな? 一澄は人の好き嫌いが激しいから、仲良くしてもらえるかまだ不安は残るところだけど。
「お義兄さんに喜んでもらえるよう、わたしたちいっぱい料理したんですよ」
さらっと、「お義兄さん」なんて呼んでくれる一澄。了介さんも気がついて、照れくさそうにしている。
「お義兄さんか……。美しい妹ができましたね、おれも。妹さんに美味しいご飯作ってもらえて幸せです」
あ、なんか。嫉妬? なんだこの感情は。了介さんはおれを見て、にこって笑った。
「征治もありがとうな。腹ぺこぺこだよ。ごはんにしよう」
はーい、と答えて、冷蔵庫に向かう。そうだよ。いっしょに作ったけど、メニューを考えたのはおれ。了介さんの好きなものを知ってるのは、おれだから!
若干の意気込みと共に、ビールとノンアルビールを手に食卓に向かう。手を洗って、スーツを着替えに行った了介さん。一澄はおれの手元を見て、「お兄ちゃんはビールじゃなくていいの?」と尋ねる。
まっすぐな目で。
「お兄ちゃん、料理中も具合悪そうにしてたし、もしかして体調悪いの?」
慌ててしまった。ごとんと音を立ててビールを食卓に置く。
「い、いや。大丈夫」
「もしかして……」
耳元に、こそっとささかれた。
「おめでた?」
バレた。気まずい。まだ結婚してないし、おれ、やっぱり男だし(実家では、おれが男体妊娠症候群であることはタブー視されて、話題にのぼることはほとんどなかった)。目を逸らして「……うん」とつぶやく。
一澄ががばっと抱きついてきた。
「おめでとう、お兄ちゃん! よかったね!」
目をきらきらさせて、うれしそうな笑顔の一澄に、おれの心と体もほーっと力が抜けていく。華奢な背中を抱きしめて、「うん」とつぶやいた。
「ありがとう、一澄。おれ、とっても幸せ」
「ほんとによかった。……泣いてるの? 泣いてもいいわよ」
クールな顔で、でも顔をくしゃっとして笑って、おれの涙を拭いてくれる一澄。ありがとう、ともう一度言った声は震えていた。
いつの間にか、おれたちのそばに了介さんがいた。
「おれたちの子どもです」
一澄を見て、頭を下げる了介さん。
「征治と子どもの三人で、幸せな家庭を築きたいと思います。見守ってください。どうぞよろしくお願いします」
こちらこそ、と頭を下げる一澄。顔を上げて、二人は笑った。
「素敵ね。お兄ちゃん、赤ちゃんできたのかあ。赤ちゃんに早く会いたいな」
子ども好きの一澄は、おれの妊娠報告に夢中になってくれる。おれのお腹を、Tシャツの上から撫でた。
「妊娠何か月? まだお腹は目立たないのね」
「三か月目。実はつわりがけっこう酷くて」
「そっか。じゃあご飯、食べられないの?」
「うん。ごめんね。あ、でもそのぶん二人にもりもり食べてもらえたら! おれはノンアル飲みつつハイカロリーゼリー食べてる」
「どうりで痩せたと思った。むりしちゃだめよ。お兄ちゃん、すぐむりするんだから」
妊夫って、こんなにいたわってもらえるのか……と思ったけど、一澄は昔からおれのこといたわってくれるんだった。「大丈夫」と笑う。
「それより二人とも、いっぱい食べてね! おれと赤ちゃんで、二人がいっぱい食べるとこ見てるから!」
了介さんも笑って話に入ってくれる。
「そうだな。征治と赤ちゃんにいいとこ見せないとな。じゃあ一澄さん、座ってください。食べましょう」
「ええ。いただきます」
上品な仕草で手を合わせる一澄。おれたちも手を合わせる。
「いただきまーす!」
手作りの餃子、ステーキ、八宝菜、塩焼きそば、温玉を乗せたシーザーサラダ、焼き茄子、ワカメと豆腐の味噌汁と、ボリュームたっぷりだ。もうすでに気持ち悪いけど、頑張るぞ。ノンアルビールを飲むおれに、了介さんは心配そうな顔だ。
「平気か? 匂いがつらかったら、寝室で休んでるか?」
「でも……それじゃ申し訳ないです」
仲良くなったとはいえ、初めて会った了介さんと一澄を二人だけにしておくっていうのは。
「お兄ちゃん、わたしたちのこと心配してる? 大丈夫よ。つらかったら休んできて」
腰を上げた一澄が、おれの手を引く。おれは引かれるままに立ちあがった。二人の顔を見る。
「でも……ほんとにいい? お互い気を遣うでしょ?」
「でも、しんどい征治にここにいてもらうっていうのも、おれたちもつらいから。ですよね?」
了介さんの言葉に、一澄はこくりとうなずいた。
「そうよ。わたしたちのことは気にしないで。お兄ちゃん、休んできて」
それなら……と、一澄に追いだされそうな勢いだったので、自分から(って言い方は悪意があるかな……?)寝室に入った。
扉を閉めて、冷房を入れる。手元にあるのはハイカロリーのゼリーとジュース。今日はオレンジ味とヨーグルト味。
扉の外から明るい笑い声が聞こえてくる。了介さんの声。また笑い声。
なんだよ……。つい、むっとして、ベッドに寝そべる。あーあ。一人ぼっちか。
了介さんは、おれのこと、白雪姫みたいだって言ってくれる。透明感と、か弱そうなところと、可憐なところが似てるって。
でも一澄のほうが、おれより数千倍、白雪姫に近い。
了介さん、もしかして一澄のほうが……? 浮かんでくる暗くねじくれた妄想を、自分の頭をぽかぽかと叩くことで退散させようとするおれ。
了介さんは、そんな人じゃない。一澄だってそんな子じゃない。
でも、扉の向こうから聞こえてくる楽しそうな笑い声に、おれのねじくれた妄想はますます激しく暗躍していく。
ともだちにシェアしよう!