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事件の顛末#2
「そのストーカー事件が見事解決して、天馬さんと付き合うようになったってこと? でも、その当時、お兄ちゃんは水城さんと付き合ってたんでしょ?」
サイダーを飲みながら、興味津々という顔をするパジャマ姿の一澄に、おれはうなずく。
「うん。でも了介さんは、おれの苦しい時期を支えてくれたんだ」
「その感謝の思いが恋に変わったってことね」
深くうなずく一澄。了介さんは芋焼酎お湯割りを飲みながら、おれたちが話すのを見守っている。
「おれは達樹と別れて、ストーカー被害にも遭って、ぼろぼろだったんだ。そこに了介さんが救いの手を差し伸べてくれて」
「ちなみに、その水城さんって人は、どんな人だったの? お兄ちゃんの気持ちを弄ぶような、今までの彼氏たちみたいなクズ野郎?」
はっきり言うな、一澄は。おれは苦笑する。
「ううん。達樹は、たしかに我が道を行くおれ様タイプではあったけど……。でも、おれのこと甘やかしてくれたよ」
結局は、「飽きた」と言われて捨てられることになるんだけど。
「そっか。でも、そう思うとほんとによかったね、お兄ちゃん。何度も言うけど、素敵な人に出会えて」
にこっと笑う一澄に、それを聞いた了介さんも照れくさそうに笑う。おれも笑って、「うん」と答えた。
一澄が寝室の隣の部屋(了介さんが書斎にしている和室だ)に寝に行くと、おれと了介さんは寝室に入り、並んでベッドに横になった。了介さんはすでに眠そうだった。
「了介さん?」
「んー?」
裸足の足が、了介さんの裸足に当たる。大きな手が、おれの手をぎゅっと握ってくれた。
「なんでもないです。おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
手を握ったまま、目を閉じる。おれの頭の中は、甦った記憶でいっぱいだ。
○
達樹と付き合うようになってから、おれの気持ちは安定と不安を行き来していた。
まず、達樹はもの凄い美男子で、注目される度合いがはんぱない。隣を歩けるのはうれしいけど、プレッシャーも、嫉妬も感じる。
それに、達樹は気が向いたらすごく優しいんだけど、ときどき酷く暴君になった。おれの家に突然来て、セックスだけして帰っていく姿を何度も見ていたら、愛されていないんじゃないかと不安になった。
そして、ストーカー事件。
手紙がまた頻繁に来るようになり、達樹と相談して、ついに桑原さんを警察に訴えることに決めた。
天馬さんと細川さん、そしておれで、夕方の四時過ぎに生田 警察署に向かった。ストーカー事件を担当している永町 警部と話をしてから、帰路に着く。
ついに、桑原さんを訴えてしまった。永町警部は捜査すると約束してくれた。でも、あの嫌がらせがやむのか、それとも桑原さんに報復されてしまうのか、不安がぬぐえない。
暗い顔で、天馬さんの運転する車に乗って、自宅のアパートまで送ってもらう。細川さんは自分の事務所に帰っていった。
アパートの、砂利敷きの駐車場で車から降りる。「松波荘」と書かれた大きな木の看板と、共同玄関がある二階建て、木造の、今にも倒れそうなおんぼろアパート。でも、おれはこの家が気に入っている。家賃が安く、ぼろぼろだけど不潔ではなく住みやすいし、大家さんはいい人だ。壊れた個所があったら、すぐに対応してくれて、「古いからねえ」と笑っている。
おれは天馬さんに向かって、頭を下げた。
「ありがとうございました、天馬さん」
「いや。これからも、困ったことがあったら話してくださいね。力になります」
そう言ってくれる天馬さんの穏やかな顔に、胸がほっとする。
このころはまだ、恋心は抱いていなかった。
おれはもう一度礼をし、外付けの階段を上がって二階の自分の部屋に向かった。階段には一階の住人の鉢植えが並べられていて、いつもひっくり返しそうになる。
慎重に階段を上がって、鍵を開けて中に入る。狭い玄関、左手に風呂場とトイレ、台所とダイニングスペース、そして右手と奥に和室が二部屋ある。
おれは洗面台で手を洗って、奥の、寝室にしている部屋の扉を開けた。
西日が差しこむその中に、桑原さんがいた。
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