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ザワザワと……4
「気になっていたんでしょ?」
雅美さんの笑顔は何でもお見通しみたいな笑顔で、洋一さんは目をそらす。
「別に‥‥」
「気にならなきゃ様子見に来ないじゃないですか?」
雅美さんの言葉に洋一さんは黙り込む。
「 松信さん、ずっと待ってます」
その言葉に洋一さんはピクリと反応したように俺には映った。
「待って‥‥‥ない」
小さい声で洋一さんは言葉にする。
「待ってますよ」
雅美さんは優しい声でそう言う。
「手紙も出したのに、返事は待っても来なかった‥‥‥待っているはずがない」
洋一さんは俯いたままだ。
「住所を差出人の箇所に書いていたのに会いに来てもくれない。随分も昔に親子の関係は終わっているんだよ」
洋一さんはそう言うと踵を返し玄関口へと向かう。
「待って!」
俺もう一度叫ぶけど洋一さんは止まってくれなくて、
痛い足を我慢して俺は洋一さんの方へと向かった。
「ユノ」
雅美さんが慌てて俺の名前を呼ぶけど、必死に我慢して洋一さんの腕を掴んだ。
急に掴まれ洋一さんは驚いた顔で振り向いた。
「いたっ」
無理したせいで足に激痛が走って身体がよろける。
倒れる寸前で抱きとめてくれたのは洋一さんで、
「待ってください。松信さんに会ってください。お願いします!」
俺は洋一さんの腕を掴んだまま、必死に訴えた。
洋一さんは怪我している俺を振り払う事が出来ずに困った顔をしている。
「ユノ、ほら、こっちおいで」
雅美さんが俺を洋一さんから引き離し、
「松信さんが手紙出さなかったのは出したくても出せなかったからですよ。」
と洋一さんに優しく微笑む。
「えっ?」
「字を書けなかったから、手紙も読めないし、ましてや返事を出したくてもだせない。」
雅美さんの言葉に洋一さんは驚いたような顔をした。
「松信さんの世代って学びたくても学べない時代だったでしょ?家が貧しかったから学校に行きたくても我慢して、生活の為にの若いうちから働くしかなかった。だから、洋一さんの手紙は読めなかったんです。それに、松信さんも洋一さんに許して貰えないんじゃないかと悩んでいたんです」
洋一さんは言葉が出ないのか黙ったままだった。
「あの、松信さん、爺様に文字習ってるんです!それって、手紙の返事書く為だと思います!」
俺は洋一さんの腕を掴み、必死でそう言った。
「松信さん、いつも俺の写真褒めてくれるんです!口数少ないけど、凄く優しいって分かるし、口数少ない人って上手く言葉に出来ない人が多いから、伝えたくても、上手く言えないだけなんです!手紙だって返事書きたいから文字習ってるんだと思うし、だから、だから、あの、」
俺も言葉を使うのが下手なのを忘れていた。
勢いで喋っているけど、洋一さんは困った顔をしていて、俺がもっと上手く言葉を使えたらって後悔した。
「どうして君が泣きそうな顔をしているのかな?」
洋一さんは困った顔から、少し優しい顔に変わった。
「君の必死な気持ちは良く分かったよ」
洋一さんは自分の腕を掴んでいる俺の手を優しく握ると、自分から離した。
「洋一さん、僕からもお願いします。松信さんはずっと待っていますよ。ユノの言う通り文字を習っているのは洋一さんに手紙を書く為です。」
雅美さんの言葉で洋一さんは、
「ありがとう2人とも」
と微笑んでくれた。
「ありがとう。君も‥‥」
洋一さんは俺の頭を撫でた。
後で聞いたら俺を中学生だと思ってたらしい。
そんなに童顔?なんて、後から悩んだ。
それから俺は雅美さんに家まで送ってもらった。
◆◆◆◆◆
「明日、お見舞い行くってさ。良かったなユノ」
車内で雅美さんに頭を撫でられた。
「うん」
「明日、病院に行こう」
「うん、お見舞いでしょ?邪魔しちゃうかも」
松信さんと上手く仲直り出来たらいいな。なんて、本気で願う。
「違う、足」
雅美さんは俺の足を指差す。
あっ、‥‥‥そうだった。足‥‥‥
「いや、大丈夫だし、あ、ほら、明日は」
「だめ!絶対行くからね!全く、手も治ってないのに!」
雅美さんが珍しく怒っているようで俺はなんだかシュンと心が沈む。
そうだった、また迷惑かけてる。
しょんぼりとなる俺の頭を優しい手がフワリと置かれた。
「怒っているわけじゃないよ。ユノは直ぐに、無理をするし、我慢するだろ?それが僕や爺様は寂しいんだよ。きっと、アキラも」
優しい口調。
「無理や我慢しないでくれる?」
質問というより、お願いに近い言い方。
俺は頷くしかなく、
でも、強制じゃない。
優しさが心にじんわりときた。
「じゃあ、明日は病院。約束!」
雅美さんに約束をさせられた。
その約束が嬉しかったりする。
家族みたいだ。
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