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2話-8

「君が倒れてから、救急車が着いたからついでに運んでもらったんだ。吐き気や痛みがなければ帰っていいそうだ」  言いながら、男は椅子から立ち上がる。 「問題ないなら、帰るよ」 「……あ、俺が起きるのを、待っててくれたんですか?」  俺もベッドから降りながら、男に聞いた。  靴は男の方にあり、それを履くのを待っていてくれる。 「君の事をどこに連絡すればいいかもわからなかったし、放っておくわけにもいかないだろ」  俺が靴を履き終えたのを確認して、男は歩き出す。  男は骨折した時のように、左腕を吊っていた。 「あの……左手……」 「ん、ああ。治るまでしばらくかかるそうだけど、まあ仕方ない」  前を歩く男の顔は見えなかったが、まるで他人事のように、冷めた声で喋る人だった。 「僕は左利きでね。しばらくは不便だけれど……ああ、代筆を頼まないとな……担当に連絡しないと……」  男は途中から、独り言のようにぼそぼそ喋っていた。  まるで、俺の事なんてすっかり忘れているようだった。 「あの」  俺は男の、右腕の袖を軽く引っ張る。

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