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6話-14

 湯呑みを新しいのに換え、改めてお茶を淹れ直す。  さっそく一口飲んで、「飲むかい?」と聞いてくる間宮さんを丁重にお断りし、俺もお茶を啜った。  ソファーに並んで座り、ぼーっとする。  締め切りに追われ、それが終わっても最近は体調を崩したりで休まる暇がなかった。  外では子供の声や、竿竹屋のスピーカーが流れている。  そんな日常にようやくホッと一息ついた。 「そういえば、結局冴木さんはどうしてわざわざ来たんですかね」 「さあ、君に会いに来たんじゃないのかな」  そんなわけがないのに、間宮さんは間接キスについてまだ根に持っているらしい。 「新しい作品、でしたっけ。今までとは違うシリーズって事ですか?」 「せっかく締め切りが明けて休みだと言うのに、君は本当に仕事好きだ」  間宮さんに言われて、うっ、と言葉に詰まる。  つい仕事の事を考えてしまう、いけないと思いつつもそうなのだから、もはや病気だ。  それでも気になってしまう。  仕事以前に、俺は間宮さんのファンでもあるから。 「BLを書かないかと言われてね」 「……びー、える?」  気になっている俺に、間宮さんは小さく笑って仕方ないな、と教えてくれた。  テレビやネットなんかではたびたび耳にするが、いまいち理解していない言葉だった。  ボーイズラブ、詰まるところ男性同士の同性愛を取り扱った女性向けの作品と言うのは知っているけれど。 「そう、ボーイズラブ。冴木曰く、『お前も同性愛者なら書くのは簡単だろう』とね。失礼な話じゃないか」  自分で言って思い出したのか、間宮さんは嫌悪感に眉を顰めた。 「でも、間宮さんなら書けるんじゃないですか?」  間宮さんの作品には女性読者も少なくなかった。  それもなんとなくわかる気がする。  登場人物の迸る愛情に、読んでいると次第にのめり込んで、まるで自分自身が愛されているようだった。  人は誰だって愛されたい。  そんな気持ちを満たしてくれるから、俺は何度も読み返してしまった。 「そうは言ってもね」  間宮さんは意味深に微笑み、俺の顎に指で触れる。 「僕の知っている『男』は君だけだから」  君の物語になってしまうよ。  そう囁かれる。  一瞬遅れて理解し、顔が熱くなった。

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