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第4話

 食事を終えて、いよいよお別れ、という時だった。 「きみの……新しい人のことを訊いてもいいだろうか」  キッチンの入り口で、後片付けをする俺を見ていた奴が、不意に口を開いた。 「別にいいけど、変わったところがあるわけじゃねえよ。頭はひとつだし、二足歩行だし、普通に食事もするし」 「なら、私と変わらない」 「でも俺はもう、醒めたんだ。あんたとは終わり。三年も待てねえし、仕事してない奴なんて、養っていく気もねえし」 「きみは、どうしてそんなに普通でいられるんだ」  震えた声が鼓膜を打つ。 「そりゃ、醒めたから」  俺は心臓を握り締められた気がして、必死にその声に抗った。食器類を水切りして、振り返ると目眩がした。奴の震えが伝染したみたいに身体が揺れるのに耐え、歯を食いしばった。 「なあ、昨夜の続きをしたいってんなら受けて立ってもいいけど、同じことを繰り返すなよ。すっきりきれいに別れようぜ。あんただってその方がいいだろ?」  腹に力を入れて、悟られぬよう、細心の注意を払う。 「きみを……」  整髪料で整えられた髪を、振り乱して苦悶の声を上げる奴が、気の毒でならない。その傷口を抉っているのが俺自身だと思うと、二度と癒えないようにしてやりたいとすら、思う。 「……愛しているんだ」  吐露された言葉に、決心が揺らぐ。  でも駄目だ。  奴は俺と別れて、俺を忘れて、これから人生の可能性を開いていくのでなければ。いい奴に巡り逢って、幸せになって、俺がいない人生だってことすら、思い出さないぐらいにならなければ。 「そうかよ。でも俺は──」  嘘でもこんな台詞を言う日がくるとは思わなかった。 「もう醒めたんだ。別れてくれてスッキリするよ」  奴の顔も見ないまま、キッチンの入り口をすり抜け、玄関へと奴を促した。

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