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第6話

「は? 何それ? 最後にヤらせろってこと? 冗談きついんだけど。いくら俺だってヤり逃げとかさせるわけ──」 「愛してるんだ。最後に思い出が欲しいと思って何が悪い?」 「っだからキスしたんだからもういいだろ……!」  言い合いをする時間すら惜しい。  別れを惜しめず奴を遠ざけることしかできないのが歯がゆい。 「いいと思っているのなら」  奴が俺の手首を静かに掴んだ。 「あっ」  そこから電流が走ったみたいに、動けなくなる。 「──どうしてこんなに震えているんだ」  掴まれた場所から熱が伝わる。が、それを自覚する前に奴の方へと引き寄せられた。もう日常へは戻れない。約束のキスのはずだったのに、奴は苦しげに、悩ましげに息を吐きながら俺を拘束しようとする。 「やめろよ、こういうの、なしだろ、おい……っ」 「どうして泣いている?」  言われて初めて、視界が潤んでいることに気づいた。 「きみが私を嫌いなら、こんな態度は取らないはずだ」 「か、感傷だって言っただろ! 三年半も一緒にいたんだ、涙のひとつくらい……!」  嘘を糊塗するために言い訳を重ねながら、心臓が奴を求めている。 「それを聞いて安心した」 「何で……」 「きみに、愛されていたのだと確信できたから」  そう言った奴が切なげに笑うのを、俺は呆然となりながら見ていた。  どうせ俺は頭が悪い。弟みたいに機転も利かないし、奴みたいに達観もできないし、いつも同じところをぐるぐると回り続けているハムスターみたいだ。いつも回り続けている。俺の世界は、奴を中心に据えて、鮮やかな色を発して生きはじめる。 「──」 「どうかしたか?」  俯いた俺を見て、奴は唇を少しほどいた。首を傾げて、不審そうな表情で。奴はきっと気づかないんだろう。俺が何も言わなければ、この場も丸く収まるはずだ。  丸く収まるはずなのに。  大好きだった。  唇が。眸が。頬が。うなじが。喉仏が。逞しい上半身が。俺を抱き寄せてくれる両腕が。俺の空白を埋めてくれる下肢が。奴の全部が。愛しかった。これほど傷を負ってなお、俺を尊重する高潔な精神が。愛しかった。奴の全てを俺が求めて、荒れ狂っているさまが。同じほど強く、俺が奴を求めているさまが。  気がつくと、腕を伸ばして奴の首の後ろを掴んでいた。 「……ヤるぞ」

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