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第7話(*)

 駄目だと思う間もなかった。奴が目を瞠りながら、その言葉に身を少しだけ屈めるのがわかった。引き寄せて、口付けると、強い力で吸い上げられる。そのまま頬を両手で掴まれ、名前を何度も呼ばれた気がしたが、その頃にはなし崩し的に廊下を戻り、気づく頃には朝日の当たるリビングに運ばれていた。 「ひこうき……っ」  今更ながら、後悔で声が滲む。 「遅らせれば済む」 「でも……っ」 「誘ったのはきみだ」 「でも……!」  俺は馬鹿だ。最後の最後で手放すのが惜しくなってしまった。奴の匂いが首筋から立ち上る。背中に手を回し、うなじの香りをかぐと、心臓が愛しさに震え出した。 「愛している。きみを愛している。最後にする。だから」 「黙れ……っ」  何がだからなのか、もう頭の芯が煮えてわからない。ただ、馴染んだ腕が俺の腰を抱いて、二人掛けのカウチの上に背中を預けさせると、ベルトを解かれ、キスと愛撫がはじまった。 「愛している。きみを、きみが好きだ。きみが」 「だま、れ、って……っ」  シルバーフレームがキスのたびに頬に当たって痛い。でもその痛みすら、奴であることの何よりの証のようだ。別れたあと、きっと俺は眼鏡属性を獲得すると思った。寂しさを埋めるために俺はシルバーフレームの眼鏡をした男を死ぬほど漁るだろう。 「好きだ。きみが好きだ」 「ぁ、っぅ」  奴の指が、俺の中を拓こうとする。 「昨夜、何もなかったのか?」 「なに、が……っ」  快楽に埋められてゆく。俺の空白が塗り固められてゆく。奴の存在に。奴の手に。 「新しい誰かのところに泊まったのだと」 「知るか、っ」 「きみを愛しているのは私だけだと思っていいのか?」 「知らな……っ」 「きみとこうしているのは、私だけだと信じて、いいのか……っ?」 「あ!」  レンズの内側が濡れた眼鏡のフレームが、俺の顔に押し付けられて歪んだ。 「ふ、ぁ……っ」  抱きしめられて、耳朶を食まれる。弱い場所を押されて声が出ると、なし崩し的に止まらなくなった。互いにクシャクシャになりながら、身体を重ねる準備を早急にすると、繋がりたがる奴を宥める間もなく、熱杭が挿入された。 「っぁ!」 「好きだ、きみが、好きだ……っ、すきだ……!」  身体の一部が入ってくる感覚。隙間がなく埋められる感覚が、俺は好きだ。こんなに相性のいい相手とセックスをするのは、きっとこれが最後だろう。求めても手に入らないものだからこそ、俺は執着しているのだと言い聞かせる。  性急に中を抉られ、俺はついに泣いてしまった。 「ゃ、ぁ、ぁっ」  揺すられるたびにしがみついたシャツがグシャグシャになってゆく。俺の描いた計画も一緒に縒れていく気がした。言葉の上で何を言っても、身体を繋いでしまったら、崩れてしまうのはわかっていた。なのに、俺としたことが、最後を踏み越えられなくて、奴に未練を抱いてしまうなんて。 「きみを、離したくない、きみを、きみを……っ」  言いながら、奴は何度も浅い場所と奥を交互にこね回した。こんな風にされたら、ねだってしまうとわかっている癖に、俺に交換条件を持ちかけて、どうにか関係修復を迫ろうとするところが、痛くて愛しくて、涙が溢れてくる。 「嘘だと言ってくれないか」 「ゃ……っ」 「せめて、私を、まだ、愛していると……っ」  悶える俺に、まるで縋るように奴が言う。 「だ、め、や、ぁゃ、っ、焦ら、すな……っ」  腰を、足を絡め、首に縋り付く頃には、二人とも涙を零しながら互いにしがみついていた。頬を濡らす涙を舐めて、せめて泣くなと伝えたい。泣いてもどうしようもないこともあるのだと、俺も、きっと奴もわかっているのだ。

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