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第4話

 梓とちふゆは、思わず顔を見合わせた。  四阿(あずまや)に居たのは、互いの恋人、漆黒と青藍だったのである。  そしてもうひとり……ひと際雰囲気のある長髪の男は……このゆうずい邸の一番手、紅鳶だ。最近は次期楼主候補としても活躍しているらしい。  豪華ともいえる面子を揃えた彼らは、昼間から酒を酌み交わしているようだった。    漆黒は用事があると言っていたけれど……それは紅鳶たちとの約束のことだったのか、と梓は納得しつつ、少しだけ寂しい気分になる。  梓が大人であったなら、あそこに混じることができたのかもしれない。  眉を吊り上げたのは成人済のちふゆだ。 「あいつっ。ひとが怒ってるのに自分はノンキに飲み会かよ」    腕まくりをして乱入せんばかりの勢いで足を踏み出したちふゆを止めたのは、般若の手だった。  般若はちふゆと梓の腕をそれぞれ掴むと、木陰へと二人を押し込んだ。 「な、なにすんだよっ」  噛み付いたちふゆに、般若が細いひとさし指を面の口元へと立てて、「シー」と囁いた。  何事かとちふゆが素直に口を(つぐ)む。    般若がおもむろに能面を外し、その麗しい顔を露わにした。  彼の素顔を見るのが初めてだったのだろう、ちふゆがあんぐりと口を開けている。  そんな彼に、流し目を送って、般若……アザミがホクロのある色っぽい口元を動かした。 「面白そうなことになってるよ」  艶めいた声がひっそりと告げて。  アザミが木の幹の陰から四阿の方を指先で示した。  梓とちふゆはかくれんぼをするかのように、そうっと顔を覗かせ、そちらを伺った。  眺望を楽しむために建てられた四阿は、壁面がないため中の様子がよく見えた。  対座している三人の男たちが楽しく酒を飲んでいる……かと思いきや、なぜか紅鳶と青藍のシルエットが重なっている。  いや、違う。  重なっているのか二人の唇だ。  男娼同士が、ねっとりと舌を絡ませ合う濃厚な口づけをしているのだ。  絶句したのはちふゆである。  ちふゆは目をまん丸に開いてそちらを凝視していた。  彼にしてみれば浮気現場を目撃した形だ。  これはひどい。あまりにひどい。  こんな場所で堂々とキスシーンを繰り広げている青藍に対し、梓は怒りを覚えた。  茫然としているちふゆの代わりに、自分が批難の声を上げようと息を吸い込んだ梓は……体を半分木陰から乗り出した格好で凍り付いたように固まってしまう。  なんと、あろうことか、漆黒が……。  梓の恋人の、漆黒が。  紅鳶と、キスを、し始めたのだ。  しかも漆黒が組み敷かれる形で、だ。  思いがけぬ光景に、今度は梓が自失の(てい)で立ち尽くした。  ちふゆもショックから立ち直ることができていない。  棒立ちになっている二人を、アザミが背後から小突いてきた。いつの間にか美麗な顔は般若の面で覆われている。  能面の恐ろし気な金色の目に急かされるようにして、梓たちは四阿とは別の方向へとぎくしゃくと足を踏み出した。  靴裏の土がやけにやわらかく思えて、転んでしまいそうだった。    アザミに連れられて歩くうちに、徐々に頭が回るようになってきた。 「……キス、してたね……」  上擦る声で、梓は隣のちふゆへと話しかける。  ちふゆがこれ以上はないというほどに目を見開いて、顎を動かした。頷いたのか首を振ったのか、よくわからないほどにささやかな動作だった。 「あ、あれ、う、うわ、き」  動揺しまくったちふゆが、眼差しとともに声まで揺らしながら口を開く。  くすり、と笑う気配がして、二人は同時に黒い紬の背中へ目を向けた。  軽く振り向いて般若の横顔を見せたアザミが、手をひらりと動かして梓たちを招く。 「おいで。いまのおまえたちにピッタリの人物を紹介してあげるよ」  甘い声音の語尾に、笑いの気配が滲んでいる気がして、梓は眉を(ひそ)めた。  それと同じタイミングでちふゆが喧嘩腰で毛を逆立てたネコのように唸った。 「な、なにがおかしいんだよっ!」 「ふふ……おまえたちがあんまり悲愴な顔をしているから、僕が愚痴を聞いてあげようと思ってね。取り敢えずついておいで」 「ど、どこに行くんですか?」  梓がおずおずと問えば、アザミが面を上に少しずらして、妖艶な唇で微笑した。 「行けばわかるよ」    

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