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第5話
果たして、辿り着いたのは他の建物から離れた場所にある、こぢんまりとした家屋だった。
アザミが木製のドアを躊躇 なくノックする。
返答の声はない。けれど、
「僕だよ」
とアザミが告げると、軽い足音の後にガチャリと鍵の開く音がした。
そっと押し開けられたドアの隙間から、清潔感のある端麗な顔が覗く。
「アザミさん……どうしたんですかこんなところに……あ、梓さんまで」
驚いたように呟いた彼に、梓はペコリとお辞儀をして見せた。
「こ、こんにちは、アオキさん」
アオキ、というのはアザミと同じく、元しずい邸の一番手の男娼だったという。
アザミの過去も、アオキの現状も、梓はあまり詳しくはないけれど、なにかの拍子でそれを聞きかじったことがあった。
元男娼というだけあり、アオキもアザミに負けず劣らずきれいな顔をしている。
梓はアザミの手伝いでしずい邸にも訪れたことがあるから、ある程度耐性がついていたが、ちふゆなどは先ほど般若の素顔を見たとき同様、呆けたように口を開けてアオキを凝視していた。
この世にこんなうつくしい男が居る、というのが俄かに信じがたいのだろう。
そう、いくら美麗な顔をしていても、アザミもアオキも性別は梓たちと同じ男性なのである。
アオキも戸惑ったようにちふゆに目をやり、
「こちらの方は?」
とアザミに尋ねている。
アザミが軽く肩を竦めて、ちふゆを紹介した。
「僕のペットのヒヨコだよ」
「ちげぇしっ!」
打てば響くような突っ込みが飛んできて、アザミがクスクスと笑う。彼に対してこんなにもざっくばらんな態度で接することができるのは、この淫花廓ではちふゆぐらいだろう。
それを新鮮に感じるからか、存外アザミはちふゆのことが気に入っているのかもしれない。
梓はそんな感想を抱きながら少し微笑ましい気分になった。
「ふふ……。この子はね、青藍の馴染みだよ」
「ということは、お客様ですよね?」
アオキが慌てて姿勢を正そうとするのを、アザミがてのひらで制する。
「今日はお金を払っていないからね。ただのヒヨコ」
「ヒヨコじゃねぇって。アンタ実はオレの名前知らねぇんだろっ」
怒鳴ったちふゆの顎を、アザミがおもむろに指先でとらえた。
くい、と持ち上げられて仰のいたちふゆの眼前に、面を外したアザミの麗しい顔が寄せられる。
ホクロのある口元を妖艶に歪めて。
アザミがとろりと囁いた。
「ちーちゃん」
ボンッと音がしそうなほど、ちふゆの顔が一気に赤く染まった。
梓はちふゆに同情した。あんなに間近で、あんなに甘く名を呼ばれたらそれは誰だってああなるだろう。それほどに、アザミの纏 う色気は凄い。
ちふゆが金魚のようにパクパクと口を開いた。
なにか文句を言いたいのだろうけど、アザミの濃厚なオーラに押されて声が出せないのだ。
ちふゆを気の毒に思いつつも割って入ることのできない梓だったが、梓の代わりにアオキがアザミのお遊びを止めてくれた。
「あ、あの、アザミさん。それで、どうしてそこの……お客様? と、梓がここに?」
ちふゆの呼び方に微妙な迷いを見せて疑問符をくっつけたアオキへと、アザミが軽く眉を顰め、ちふゆの顎からするりと指を離した。
「まったく……おまえもマツバも、その呼び方 を改める気が少しも見られないね」
呆れ声の叱責を、アオキがきれいな微笑で受け止めた。
「オレたちにとっては、あなたはいつまでもアザミさんですからね」
梓は腰が抜けそうになっているちふゆを支えながら、二人の元男娼のやりとりを見ていた。
いいなぁ、と彼らを羨む気持ちが湧いてくる。
アザミもアオキも、類まれな美貌で、スタイルも良くて、色気もある。梓も数年後には彼らのようにうつくしく成長できているだろうか。
梓は男娼ではないけれど、しずい邸の見習いの子たちと一緒にアザミから礼儀作法を習ったり、所作を真似たりと、自分にできることはしているつもりだけれど。
いつまでも若いわけではないから、歳をとっても漆黒に必要とされるように、もっともっと自分を磨かなければいけないと思っている。
……と、ふと漆黒の顔を思い浮かべると同時に、先ほど目撃した、キスシーンが脳裏に蘇ってしまった。
あれは……浮気、だったのだろうか。
滴るような男の色香を湛えた紅鳶に組み敷かれ、濃厚に唇を合わせていた、あれは……。
「……さ、あずさ!」
ちふゆに小突かれてハッと意識を戻すと、困り眉の彼が心配そうに梓を見つめていた。
「おまえ、大丈夫か?」
問われて、反射的にこくりと頷きかけたところで動きを止め……梓はふるふると頭を横に振った。
「だ、大丈夫じゃ、ないかも……」
胸の辺りをぎゅっと掴んで小声で答えた梓の手に、ちふゆのてのひらが被さってくる。
「……オレも」
ぼそりと同意したちふゆの目も、梓同様に潤んでいた。
「な、なにかあったんですか?」
ひとり状況がわかっていないアオキが、アザミへと問いかける。
アザミが唇の端で笑って、頷いた。
「おまえも無関係じゃないよ、アオキ。話してあげるから中へ入れてくれるかい」
「で、でもこの部屋は……」
「どうせ紅鳶はしばらく帰ってきやしないよ。ほら、おまえたちも突っ立ってないでおいで」
まだ家主の許可を得ていないというのに、アザミが我が物顔で梓たちを手招き、黒塗りの丸下駄を脱いでさっさと室内に上がり込んでしまった。
アオキは一瞬迷う素振りを見せたが、アザミを止めるのは無理と諦めたのか、嘆息をひとつこぼして。
「よくわからないけど……とりあえず、どうぞ」
と、梓たちを部屋に上げてくれたのだった。
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