24 / 204
【凪の風邪とカミングアウトの壁 3】
翌日には凪の体調はすっかり良くなり、紅葉が買ってきた材料で予定通りすき焼きを作った。
「紅葉、これ…。
分けたから隣持って行って?」
池波の分を小鍋に分けて紅葉に持たせる。
70才を越えた大家は風邪から回復するまで1週間かかり、ここ数日でようやく食欲も出てきたらしい。
すき焼きならうどんやおじやにも出来るので、余ったら明日食べるだろう…
「はぁい!
ごはんもいるかな?」
「…必要なら取りにきて。」
「了解ー!
行ってきまーすっ!」
紅葉が玄関を出ていくと、ソファーに寝転びながら平九郎と遊んでいた珊瑚がテーブルにやってきた。
「腹減った…
肉…うまそっ!
これが霜降りつーの?
ねー、もう食べていい?」
「あ?
すぐ戻ってくるから待ってろよー(笑)」
「だってこっち着いてからルームサービスの軽食しか食ってない…!」
「…ヤり過ぎだろ…(苦笑)
ったく、こっちは寝込んでたって時に…!」
「ねぇ、あいつホントにアラサーだよな…?」
そう話す珊瑚は移動の疲れもあってか、ダルそうだった。
「ただいまー!
ごはんはあるから大丈夫だって。
一緒にってもう一回言ったけどダメだったよー。」
「そっか…。
いーよ、食べよ。
まだ材料あるから翔くんの分は大丈夫だから…!」
「うん!
あ、珊瑚卵いる?生卵つけて食べると美味しいんだよ?」
「無理。
生の卵苦手…
白身がアレみたいだし…!(笑)
俺は肉を食べる!」
いただきます!と久しぶりに3人で鍋を囲んだ。
翔も仕事が終わり次第合流予定だ。
「オーナーのじいさんにカムしたって?
バカだね、止めときゃいーのに…!
年寄りにはゲイだのバイだの…理解出来ないだろーよ。」
珊瑚の指摘は極めて常識的だ。
性的マイノリティーは誰にでも打ち明ければ良いというものでもない。
時に互いが傷付き、それまでの関係性が壊れてしまうこともあるのだ…。
「仲良くて同じバンドだからって説明じゃ今のルームシェア(実際は同棲)までは納得出来ても、ドイツ(紅葉の故郷)に2人で行くってのはちょっと無理があるだろ…?
なんか、話の流れでさー…。」
「僕も…おじいちゃんが他の人から僕たちのこと聞いたりしたらって考えた時に自分から言おうと思ってて…、
日本国籍選んで、大学卒業しても日本に残るって決めたし、出来ればこのお家にずっと住みたいし…!
でもちょっと距離出来ちゃって…
おじいちゃん、息子さん家族がドイツに永住決めたから寂しいってのもあると思うんだ…。ずっと元気なくて…、体調も悪かったし、タイミングも悪かったのかな。」
「そうだな…。
まぁ、もし次の更新ダメだったら違うとこ探そ?ここ以上のとこはないかもだけど…
練習場所は別で借りて、平九郎と暮らせるとこって条件だけなら見つかるよ。
珊瑚、平九郎の散歩とかこの家出入りする時にじいさんに会ってもフツーにしてて?」
「了解ー。
俺、どんな視線も慣れてるから平気だよー。」
「あのな…お前肉食い過ぎ(笑)
野菜も食べなさい!」
「そうだよ、ほら、椎茸も食べてっ!」
「…これ苦手。翔にやろう。
あ、ビールある?」
「お前はノンアル…!」
その後、仕事を終えた翔が合流すると〆のうどんを待っていた珊瑚と紅葉もテーブルについた。
素っ気ない態度を取っていた珊瑚だが、翔が隣の椅子に座るタイミングで顔を見合わせてナチュラルにキスを交わす2人…
紅葉はビックリして菜箸を落とした。
「ラ、ラブラブだね…っ!!」
「…人ん家なんだけど…(苦笑)」
紅葉と凪が指摘するが、翔と珊瑚はマイペースだ。
「あ、ごめんね?
うまそー、いただきます!」
「もううどん作っていい?」
「いーよー。」
翔の分を多めに取り分けて、うどんを煮込む。
食べながら、翔のツアーに同行しないと言い出す珊瑚。
「えーっ?!3ヶ月振りに会えたんだよっ?!
離れるのやだよ…。」
「まだ桜は早いし、豪雪地域ってとこも行ってみたいし、また京都にも行きたいし…。
さっきも話してたんだけど、誰にでもカムアウトするべきじゃない…。
日本はまだまだマイノリティーに厳しいし…
翔は長く続けてるバンドがあるんだから、そっちの人間関係大事にしろよ。
俺は…たまに顔出すかもだけど、そんなツアー中ずっとくっついてお邪魔するべきじゃないよ。
そんなことして、俺のせいで翔の仕事がなくなったらイヤだ…」
「…誰かなんか言ってきた?」
翔の心配に珊瑚は首を振った。
「紅葉たちはバンド内のカップルだから例外だけど、フツーのカップルはお互いの職場までついて行かないだろ?
俺も撮影行くし、お前も仕事して。」
「仕事とプライベート分けろって?
まぁ…当たり前か…。でもなるべくツアーの場所と合わせて撮影して?
LIVEとか仕事終わったら会うのはいーよね?」
珊瑚は了承の意味を込めて翔に口付けた。
そのままキスを続ける2人を凪が止める。
「だから人ん家だって!!(笑)」
「いいな…。」
キスして欲しそうな紅葉はそう呟き、凪の顔をチラ見した…
「…あとでね?」
2人はテーブルの下で手を繋いだ。
ともだちにシェアしよう!