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【ドイツ旅行 (5)】
祖父母はもちろん、紅葉も驚いて凪を見詰める。
「日本では同性婚は出来ないし、あなた方のようにたくさんのこどもたちに囲まれるような家庭は築けないけど…
彼を愛しています。
ずっと、紅葉と一緒にいたいと思っています。」
凪はそっと墓石に視線を向けて続けた。
「ご両親の分も…大切にします。」
そう言って頭を下げる凪を見て、紅葉は両手で顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。
祖母もそれにつられて紅葉の背中を覆うように抱き締めると涙を流す。
祖父はゆっくりと歩み寄って凪の手を取った。
「ありがとう。」
たった一言の日本語だったが、その言葉に凪もホッとする。
そのまま握手とハグを交わして、紅葉と祖母を抱え起こす。
凪の首に抱き付いたまま離れない紅葉を抱き上げて、目元と頬にキスをして、なんとか落ち着かせる凪…。
「ほら、ちゃんと紹介して?
ご両親に、なんて言うんだっけ?」
「えっと…僕の…初恋の人で、世界で一番大好きな人だよ…っ!
日本で、…凪くんと…ずっと一緒に暮らします…っ。
僕、お母さんと同じ日本人になるよ…っ!」
笑いながら泣いている祖父母と紅葉が落ち着くまで、何度もハグとありがとうを繰り返して、もう一度両親に笑顔で「幸せになるよ!」と告げてから丘を下りていく4人。
凪は膝に痛みのある祖父に手を貸しながらゆっくりと歩く。
「肩の荷が1つだけ降りたよ!
よしっ!最高のビールを飲みに行こう!」
「まだ後がたくさんつかえてますからほどほどにして下さいね。」
そんな祖父母のやりとりに笑い合う凪と紅葉…。
ランチからビールで乾杯し(凪は運転要員なのでノンアルコール)、細かなことを聞かれる。
「ミュージシャンは収入が不安定よね?
生活は大丈夫?凪の実家はホテルよね?
もし売れなくなったりしたらシェフもするの?」
「おばあちゃんっ!
失礼だよ…っ!」
「一応、今は音楽だけで生活出来てます。
紅葉、ちょっと訳して?
ってか、本当に日本で暮らして行くことOKしてくれてる?
あと、バンド以外にも細々とした音楽関係の仕事もあるし、貯金もしてるから大丈夫だって伝えて?」
「うん。」
「そうなの?
ごめんなさいね。
息子たちも音楽家だったけど、やっぱり苦労してたから…!
凪はいろいろ出来るけど、紅葉はほら…
勉強とか、音楽以外はあんまり…でしょ?
愛嬌はあるからなんとか生きていけると思ってるんだけど…ドジだから心配で。」
「ひどい…(苦笑)」
全文は分からなくてもなんとなく状況を察した凪。
「紅葉の才能はバンドでも役に立ってますよ。
家では料理とか家事も手伝ってくれるし…。
何事も一生懸命やってくれます。」
凪に褒められて嬉しそうな紅葉。
「紅葉ももう大人だ。
2人で助け合えば日本の都会でも生きて行けるさ。」
祖父の言葉に頷く祖母。
彼等が反対しない理由を紅葉と祖父母が補足して説明した。
「お父さんとお母さんはカケオチだったの。
僕と珊瑚が出来て、まだ学生のうちに結婚したんだよ。」
「エナがうちへ来た時、チェロと僅かな着替えしか持ってなかったのよ。
そのうち妹(みなの母親)も面倒見てくれないかって言い出して…」
「息子も私も何度も彼女の実家へ行ってみたんだが…門が開くことはなかったんだ。
大きな邸宅だったが、それだけに頑なだったよ…。
孫たちが産まれた知らせと写真はポストに入れたんだが…。」
「確かに…双子の娘たちががほぼ同時期に子どもが出来たってなれば…しかも相手が外国人で、みなの母親はシングルだし…!
親は複雑だよな。」
凪は日本語でそう呟いた。
紅葉たちが日本の祖父母を知らない理由はそこにあったようだ。
「エナが亡くなった報せをしても音沙汰がなかったの…。
だから、紅葉や珊瑚の相手がどんな人でも…あ、見るからに怪しい人とか暴力的な人なら別よ?…同性でも受け入れたいと思ってたの。
でも、紅葉が日本に行きたいって言った時から、本人が決めたなら反対しないってお父さんと決めてたのよ。」
「私たちが一番の理解者でありたいんだ。」
「ありがとう…。
あの…大学のことだけど、こっちに戻らないで日本で卒業まで通うよ。取りたい資格があるんだ。」
「分かったわ。」
「と、なると…こっちの永住権は難しくなるぞ?紅葉は日本人になるのか?」
「うん。いい…かな?」
「あなたがドイツ人でも日本人でも私たちの可愛い孫であることには変わりないわ。
時々は遊びに来てね。
私たちが元気なうちに。
もちろん凪も一緒に。」
「そうだな。みんなも喜ぶよ。」
「まだ親孝行してないから元気でいてもらわないと困るよ!」
「紅葉が幸せでいてくれることが一番の親孝行よ。」
「紅葉、みんなを日本に招待出来るように仕事頑張ろう…!」
「うん…っ!」
「そうだわ!大事なことを忘れてたわ!」
「何?」
「結婚式はどうするの?!」
Weddingの単語に凪と紅葉は固まった。
一応確認する凪…
「何て?」
「あの…、結婚式…しないのかって…っ!」
「…ごめん、そこまで考えてなかった。」
「そうだよね…。僕も…!
あの、まだ決めてないけど、今まだ学生だから…学校卒業する頃また考えるね。」
隣の親族宅へ祖父母を送り、ランチの後に購入したパンを差し入れると大量のじゃがいもをもらったので一先ず車に乗せてサチを幼稚園へ迎えに行き、帰宅する。
そういえば、昨日も日本のお土産を渡すと卵をもらった。
凪は慣れない物々交換に戸惑いを覚えながら夕食のメニューを考える。
「さっちゃん、プリン食べる?」
紅葉は朝凪が仕込んでおいたおやつ用のプリン(隣からもらった卵を使用)を冷蔵庫から取り出してテーブルに向かった。
「おいしいっ!」
「うん、おいしいねっ!」
「そう?良かった。」
どうやら満足いただけたようでニコニコの2人に凪も嬉しそうだ。
「じゃがいもの水分見て大丈夫だったらコロッケにしようかな…。
パン粉は?まぁ、パンあるから作ればいいし…。紅葉ー、ソースってある?」
「んと…これかな?でも日本のとは違うよ?」
味見をして凪は首を傾げながらアレンジすると告げた。
野菜も調味料も日本とはいろいろ違うが、だからこそ料理人としての腕が試されているようで凪は気合いを入れた。
「肉じゃが食べたいなぁ。」
「調味料足りないから明日買い出ししてからね?」
「分かった!お手伝いするね!」
紅葉が凪と顔を合わせてキッチンへ向かうとサチもやってきて、じゃがいもを洗ったり、玉ねぎの皮剥きを手伝ってくれた。
「ありがとう。あとでまたお願いするね。」
凪がそう言うと笑顔で頷いてくれた。
手作りおやつのプリンも、夕食のコロッケと豚の角煮も好評であっという間になくなった。
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