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【暖かな居場所 (6)】

翌朝は義父の正が平九郎と小麦の散歩へ行ってくれて、紅葉は出かけるギリギリまで眠っていたが、起きてシャワーを浴びれば案外スッキリとした表情をしていたので凪もホッとしたところだ。 「ほら、寝坊助ー! ちゃんと飯食って大きくなれよ!」 料理長の杉さんから朝食の余り物が詰まったタッパーと凪に作ってもらったお握りをもらって、移動中の車内で早速パクつく紅葉。 愛用のタンブラーには温かい緑茶が入っている。 因みに昼食はまた光輝がメンバーとスタッフ分を注文し、凪がせっせと作ったお弁当を持たされている。 花見の季節なので弁当の注文も多く、朝からフル稼働で働いた凪は少々疲れ気味だが、隣を見れば幸せそうにおにぎりを頬張る恋人の姿… 「旨い?」 「うんっ! 元気出たっ!」 その笑顔を見れたら十分だ。 メンバーとスタジオで合流し、楽器のセッティングとミーティングを始める。 「やったね! 京野菜の入ったお弁当だー! 凪のとこのお料理美味しいよね。」 ミーティングの合間にお弁当を開けば、ご機嫌なボーカルのみな。 彼女の笑顔を見てリーダーでみなの夫の光輝も満足そうだ。 「あー…。 なんか久しぶりにちゃんとしたご飯食べてるなぁ……。」 割り箸を片手にしみじみとそう呟くのはこの春大学院に進学したギター誠一だ。春休みから研究室に籠りきりで相当忙しいらしい。因みに彼はいつも研究室に愛用のギターを持ち込んでいる。 「誠一くん大丈夫…? 苺食べる?甘いよー。」 紅葉も気遣って、早苗が持たせてくれた苺を分け与えている。 「ありがとう。いただくよ。」 それからツアーのセットリストを何パターンか組み立てながら、構成や演出を確認していく。 「OK! みんな食べ終わった? 15分休憩して、音合わせしよう! 凪、同期の確認いける?」 「すぐやる。」 「よろしく。 紅葉は何時まで大丈夫?」 「17時まで…。あの、ごめんなさい。」 「気にしなくていいよ。 ジャンルは違うけど、勉強になることもあるだろうからしっかり観ておいで。」 「うん!ありがとう。」 紅葉は夜、早苗と芝居を観に出掛ける約束をしているので途中で抜けるのだ。 光輝は快く承諾してくれた。 夜… 凪は大阪へ移動して、翔のバンド、LiT JのイベントLIVEに顔を出していた。 ちょうどもうすぐ出番らしい。 「お疲れー!」 「おー!凪っ! マジで観に来てくれたの? あれ?今日は一人?」 本番前の翔はステージ衣装に身を包み、相変わらず明るく凪を迎えてくれた。 「あー。うちの母親と2人で芝居観に行ってる。」 「えーっ?!それスゲーねっ!(笑)」 「終わったら迎えに行かないとだから途中で帰るけど…」 「あははっ!足に使われてんのー?(笑)」 「…うるさいよ(苦笑) あ、コレ! はい。これ、渡しに来たんだ。」 「何ー? まさかお土産っ?」 「いや、翔くん何回も向こう行ってるからいらないかと思って、買ってない。 …ラブレター!」 「えー?何ー?誰からー? えっ、マジなやつは困るよー? 俺にはツンでツンでたまーにデレてくれるかわいー恋人がいるからさー! …っ!さっちゃんだっ!」 「…翔くんに会いたがってたよ?」 カラフルなペンとたくさんのハートマークが書かれた手紙はサチからの物で、翔のいる日本に行きたいと言う彼女をなんとか説得して書いてもらった。たくさんの想いが詰まった大事な手紙を預かってきていたのだ。 「うわぁー…! すごい…! 上手に書いてくれてるっ! めっちゃハートだ! え、これ何て書いてあるのかなー?」 「"一緒に遊ぼうね"…だって。 元気出た?」 珊瑚が予定より早く帰ってしまって、表面上には出さないが、どこか元気のない翔を凪も心配していたのだ。 久しぶりに心から嬉しそうな彼の笑顔を見て安心する凪。 「おー! スゲー出た! 頑張る…っ! うん。仕事頑張って、またみんなと遊ぶぞ!」 「…電話もしてやって?」 「おう!するする! あ、ありがとねー。」 ドイツ語も英語もほとんど話せない翔だが、ノリで会話出来るらしく、全く気にしていないようだ。 そこへメンバーもやってきた。 「あ、何それー? ファンレ?珍しいね!」 「珍しいって何だよ(笑) じゃーん!ラブレターだよ。いいだろ? 遥々海を越えて届いたんだ。」 「……ラブレター? その字…だいぶ小さい子から? え、マジでロリコンなの…?」 「アホかっ! 確かに恋人年下だけど、ロリじゃねーし! …これは…んー?娘?からかな。」 「…浮気の次は隠し子発覚なの?! もうスキャンダルやだよ。」 「どっちも違うっ! 娘ってか、もはや俺のリアル天使!」 「2次元とか…バーチャルリアリティ系?」 「あ、分かった! 夏休みの宿題みたいに買えるやつだなっ!」 「えー? 幼女の書いたラブレターを買うの? マニアックだなぁ(笑)」 「…通報しとく?(笑)」 脱線していく彼等の会話に凪は笑いが止まらなかった。 「ねー、話し噛み合ってなくない? どんどん内容ヤバくなってくけど、このバンド大丈夫?(苦笑)」 「大丈夫! こんな感じでもう8年やってるから!(笑)」 その言葉通り、一体感のあるLIVEを観させてもらって帰宅する。 もちろん、道中で恋人と母親を迎えに行った。 再びバンドのミーティングを少しして、この日の仕事は終わり。 紅葉を寝かせてから翌日の仕込みを確認しようと、凪は深夜の人気がないロビーを横切ると、ノートPCを広げる光輝を見つけた。 「…何してんの?こんなとこで…こんな時間に…」 凪が声をかけると、顔を上げた光輝は苦笑しながら答えた。 「あ、お疲れ。 何ってことはないんだけど、仕事…?」 「…部屋でやれば?」 「いや、今みながお風呂入ってるからさ。」 「…はい?」 離れの部屋を夫婦2人で使っているはずなのだが、何故妻が風呂に入ってるからという理由で部屋を出ているのか疑問を抱く凪。 「あー、追い出されてんの?」 「………大丈夫!」 「間が長いって…(苦笑) え、ほんと…お前ら大丈夫?」 若干心配になり、確認する凪に苦笑する光輝。 「あ、うん。 凪たちとはちょっと違うけど…大丈夫だよ。 LIVE前だからね…、彼女には一人の時間も必要なんだよ。」 ボーカリストとして、アーティストとしての彼女を誰よりも気にかけている光輝。 「なるほど…? …まだかかるなら俺等の部屋来る?」 「いや、新婚さんの邪魔したら悪いからいいよ。」 「紅葉ならもう寝てるよ。 ってか、本物の新婚夫婦に言われても…(苦笑) 」 談笑していると光輝のスマホが鳴った。 目尻の下がった笑顔を見せるので、愛妻からのLINEのようだ。 「…風呂終わったって?」 「うん。 …あ!ヤバい! 凪、常温の炭酸水ってある? 用意するの忘れてた! 早く持って行かないとっ!」 「……(苦笑) 母屋に義弟のストックがあるはずだから貰ってくるよ。」 こうしてバタバタと1日が過ぎて行った。

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