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【暖かな居場所 (7)】

翌朝… 早朝から家を出る紅葉。 「お母さーん! 行ってきまーすっ!」 既に仕事を始めている早苗に声をかけて、朝食と弁当の準備で忙しい凪には厨房の外からアイコンタクトで「行ってきます」を告げる。 まるでLIVE中の時のように凪もアイコンタクトで「頑張れよ」と返してくれて、笑顔で応えると、駅まで送ってくれるという義の待つ車へ向かう紅葉。 そこへ駆けつけてくれたのは早苗だった。 「あ、紅葉くん待って! これ…朝ごはん…! 凪みたいに上手じゃないけど… もし良かったら新幹線の中で食べて。」 手渡されたのは和柄の布に包まれたまだ温かなお弁当だった。 「え…っ?! お弁当…? 作ってくれたのっ?」 紅葉が驚くのも無理はない。 女将として忙しい早苗は昨夜も帰宅してから帳簿の確認など事務仕事をしていたはずだ。 今朝も誰よりも早く働き始めている…。 それでも朝早くから東京へ戻って大学へ行く紅葉の為にわざわざ弁当を作ってくれたらしい。 「昨日は楽しかったわね。 お琴教室、見学出来るか後で聞いておくわね。」 昨夜見た芝居の演出に出てきた琴を気に入った紅葉のために、知り合いをあたってくれる約束もしてくれた。 「うん、ありがとう…っ!」 「お勉強頑張ってね!」 「はいっ! あ! あの、朝ごはんもありがとう。 僕、お母さんのお弁当って初めて! 大事に食べるね。」 紅葉の実母は息子にお弁当を作る機会が来る前に亡くなってしまったのだ。(料理が得意でなかったこともあるが…) その事実に気付いた早苗は胸を痛めながらも笑顔で紅葉を見送った。 「…気をつけて行ってらっしゃい。 …義くん、お願いね。」 「行ってきますー!」 新幹線の中で早苗の弁当の包みを広げた紅葉は彼女の優しさに感謝して、いただきますと手を合わせた。 本当は駅前のコンビニで適当にパンでも買って音楽を聴きながら食べようと思っていたのだ。 いつも凪に食事中は何かしながらは食べるのは作り手にも食材にも失礼だからダメだと言われているのを思い出し、お弁当と向き合う。 お握りと京風の卵焼きにウインナー、ブロッコリーにデザートは紅葉の好物の苺というお弁当は味も優しくて暖かな気持ちになった。 満員電車が苦手な紅葉は友人と東京駅で待ち合わせをして大学へ向かい、新入生のサークル勧誘をなんとか切り抜けて授業を受けると一度帰宅してから再び京都へ向かう。 でも今度は一人ではない。 隣に住む大家の池波を連れての帰省だ。 池波には福引きで当たった宿泊券をプレゼントするからと電話で誘い、急だが、双方のスケジュールが合ったので早速行こう!ということになったのだ。 紅葉は池波の旅行鞄を持ち、軽く観光をして甘味を摘まんでから旅館へ戻った。 ロビーの入り口では平九郎が待っていてくれて、ちゃっかり旅館のハッピを着て出迎えてくれた。 小麦はまだまだヤンチャなので、お客さんに飛び付かないようにサークルに入れられている。 「平ちゃん、小麦ちゃんただいまーっ! お散歩もう少し待っててね。」 「いらっしゃいませ。 ようこそお越し下さいました。 いつも息子たちがお世話になっております。」 すぐに早苗が挨拶に出てきてくれて、チェックインを済ませて部屋へ案内してもらう。 紅葉も荷物を持って部屋まで付き添った。 「お母さんお弁当美味しかったよーっ! ごちそうさまでした。」 「お粗末様…。 とんぼ返りで大変ね。 お散歩行ってくれるの? 少し休んでから行ってね。」 「はぁい。」 因みに池波の客室は彼女の計らいで上客室へランクアップしている。 「立派な部屋ですね。」 「ありがとうございます。 長距離のご移動でお疲れでしょう? よろしければお茶をお煎れします。」 早苗がお茶を煎れて、雑談を挟みながら部屋の説明などをしている。 池波も落ち着いた雰囲気の宿と見頃を迎えた桜の見える部屋に満足な様子だ。 紅葉は初めて入った離れ以外の客室に興味津々で、景色を眺めている。 「大変立派な旅館で…! 失礼ですが、ご子息はここを継がなくて良いんですか?」 「ええ。 幸いもう一人の息子が継いでくれることになりまして…。凪には好きなことをさせるようにとあの子の亡くなった父親とも約束しましたし、今の主人も理解してくれています。 あ、でもたまに帰ってきては手伝ってくれているんですよ。」 早苗が嬉しそうに話すと池波はゆっくりと頷いた。 「お電話でお食事は3人分とお伺いしたのですが……!」 「えぇ。無理を言って申し訳ない。 普段からよく食事を差し入れてもらって助かっているですよ。何せ男の老人の一人暮らしなもので…。 お礼になるかは分かりませんが、今夜はご子息と紅葉と3人で卓を囲みたいと思っています。」 「ご飯…?僕たちもここで食べていいの?」 驚く紅葉と早苗に対して池波は穏やかに笑顔を見せた。 「お気遣いありがとうございます。 凪は少し遅くなるかと思いますが…こちらに三人分のお膳をご用意させていただきます。」 早苗はそう答えると深々と頭を下げた。 その後、紅葉は平九郎と小麦の散歩へ行き、母屋に戻って晩ごはんを与えた。 「何か今日みんな忙しそう…っ!」 慌ただしい様子を察して紅葉は邪魔にならないようこっそり裏口に回って厨房の様子を覗きに行くと… 「だーっ!もう杉さん! いーから動くなって!危ねーよ!」 「俺のことは構うな! 口ばっか動かしてないで手を動かせ!」 凪と料理長の罵声が聞こえてきて驚く紅葉。 「あ、紅葉! お帰り。」 「ただいま…。 何かお手伝い出来ることある?」 「…杉さんがぎっくり腰でさ。悪いけどそこに椅子持ってきて座らせておいてくれる? すぐ動こうとするから縛り付けといてっ!」 「う、うん…!」

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