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【暖かな居場所 (9)】
池波はゆっくりと続けた。
「それで、提案なんだが…
お前さんたちさえ良ければずっとあの家で暮らさないか?」
「…?
うん…?これからも俺たちで借りていいってこと?そりゃあそうしたいよってさっき話したか…!」
「いや、賃貸じゃなく、あの家を買わないかって話だ。」
「…はいっ?!」
「まぁ、金は別にいらないんだが…
贈与税がかかるからな…。
それなら売買契約にした方がいいかと…。
どうだ?」
「……はぁ…、え、急過ぎてなんとも…。」
「それはそうだ。
何も急いで決めることではない。
別にこのまま賃貸でも良い。
ただ、考えてみて欲しい。」
「あのお家を買ったらどうなるの?」
家を買う=大金、ローン…という重圧に苦悩する凪とは裏腹に紅葉は良く分からないと言った表情で訊ねた。
「お前たちの家になる訳だから好きにしていいし、一番の理由はそうだな…家主のワシが死んでも住み続けられる。」
「…っ!!
そんなこと言わないで…!
おじいちゃんは?今のお家にずっといてくれる?」
「今は身体がまだ動くからな。
これから先は分からん。
今は少しずつ仕事を縮小して、資産を整理始めたところだ。ボケる前に終活ってやつだよ。
…お前さんたちのところの社長が余計な仕事を増やしてくれたからな…!
また忙しくなってるが…」
光輝が身内に頼れない音楽仲間や施設を出た子供たちにも借りやすいアパートやマンションを世話して欲しいと池波に頼んだところからリノベーションにまで話が膨らみ、さっきもここで打ち合わせをしていたらしい…。
「まぁ、そのうち老人ホームにでも入るんだろう…!」
少し寂しそうにそう呟く池波に紅葉はイヤだと声をあげた。
「僕と一緒にいて!
免許取って病院にも連れて行くよ!
もし、お世話が必要になったら介護の勉強してお手伝いするからっ!」
「何を…!親でもないのに他人の介護をする必要がある…?プロに任せたらいい。」
「もちろんプロの人に頼ったり、行政の制度を利用するのも大事だって分かるよ!
でも僕に出来ることがあるうちは手伝いたい…。
だって僕…、ドイツのおじいちゃんやおばあちゃんの介護は出来ないし、きっと亡くなる時も側にいれない…。ずっと親代わりに育ててもらったのに…。
代わりにするわけじゃないけど…、でも池波さんは日本の僕のおじいちゃんだから、出来るだけ長く側にいたい。
それにおじいちゃんも出来るだけあのお家にいたいよね?
僕、おじいちゃんがこれからも隣に住まないならお家買うのイヤだよ!」
紅葉の言葉に池波は目を潤ませていた。
そして、隣に来た紅葉の手を握ってそっと告げた。
「もうその言葉だけで十分だよ。」
凪は冷静に考えようとしているが、池波が息子家族のために建てた自分たちに家を譲ると言い出したことも、生涯を誓った恋人は何故だか池波が隣に住んでくれないとイヤだと我が儘(?)を唱える現状も意味がよく分からなかった。
「因みに息子さんたちは…?
いいって言ってんの?」
「あぁ、もちろん。
向こうに永住するなら家は2つもいらんよ。
律儀に毎月少しずつ支払いはしてくれてるが…あの家はワシが立て替えてローン組んでないからな。遺産として丸ごと返すつもりだ。
息子たちがこっちに来た時はワシの家に泊まるか別のマンションを手配すればいい。」
「そっか…。
正直、家を買うって金のこととか良く分からないけど…
俺たちでも買えるの?なんつーか、まず仕事がフリーランスだし…。」
「金のことや契約のことはゆっくり決めたらいい…。当人同士で不安ならお抱えの弁護士も入れてな。
持ち家があればその土地を含めて資産になる。
ワシが死んだ後の未来がどんな世の中になっているか分からないが、今はまだ …同性のカップルだと賃貸でもマンションを買うとなっても審査の下りないところもあるんだ…。
ワシがしてやれることはお前たちに家という場所を提供するだけだが、2人が望むならあの家を譲りたいと思ったのだ…。」
「その気持ちはスゲー有り難いよ。
…ゆっくり紅葉と相談させて?」
「もちろん。」
疲労する身体と混乱する頭を抱えて池波の客室を後にした凪は紅葉を連れて今度は光輝とみなの部屋(離れの客室)へ移動した。
「合宿なのに全然練習に出れてないよー!」
「大丈夫、俺もちょっと顔出しただけで全然出れてない…。」
理解あるメンバーに感謝しつつ、
もう時間も遅いということで、細かな部分のミーティングを少し行って、翌日は午前中からみっちりと音合わせとリハーサルを行うことになった。
手早く入浴を済ませて、ベッドに入る。
「お疲れ…、手伝ってくれてありがと。
もう寝な?
朝早かったから眠いだろ?」
「ううん、新幹線で少し寝たから…。
凪くんこそ大変だったね。
お疲れ様でした…。」
「ん。
いろいろビックリして疲れたよ(苦笑)」
「お家のこと?」
「まぁね…。」
「僕、お家を買えるお金なんて持ってないし、難しいことよく分からないけど…
今まで通りあのお家でずっと一緒に暮らせたらすごく幸せだね。」
「…そうだな。
紅葉はあの家好き?」
「うん!
このお部屋も好きだけど、やっぱりお家が一番落ち着くよね!」
きっと今の紅葉の言葉が一番シンプルな答えなのだと凪は思った。
2人はお互いを労うと明日も頑張ろう!と言ってからおやすみのキスをし、自然と抱き合って眠りについた。
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