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【暖かな居場所 (11)】

凪の作業が少しずつ進んで行く頃… 厨房から呼び出され、仕方なく出向いていく凪。 「何…?」 集中力と根気のいる作業を中断させられて思わず不機嫌な声が出てしまうのも仕方がなかった。 何せ明日のLIVEが出来るか否かがかかっているのだ。 「おぅ、悪いが大急ぎで客注頼む。 オーダー漏れてたそうだ…。 すまん、こっちも宴会対応で今手が離せない。」 「……分かった。」 オーダー漏れはフロアのミスだが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。 余計な時間も体力も使ってる暇はない。 凪は一度気持ちを落ち着かせて着替えてから厨房へ入る。苛立ちの募った気持ちのまま料理をして良い物は作れないので、なんとか切り替えて作業に入る。 最短で仕上げて「チェックは?」と確認するが、副料理長は「杉さんから、お前なら大丈夫だからって言われている」と聞かされて驚く凪。 すぐに早苗が飛んできてお盆に料理を乗せると凪に一緒に来て欲しいと告げた。 面倒だとは思いながらも、母親に付いていく凪。 クレームやミスがあった場合、女性の客室係りだけで謝罪に行くよりも男手があった方が穏便に終わるのだ。 相手が酔っ払いなら早苗だけでは心配なのでどんな客なのか聞けば常連の中年女性だと言う。 正か義がいれば良かったが、義父の正は商店街の会合で留守。義は宴会対応中らしい。 「ごめんね、忙しいのに…。」 「別にいーよ。 さっさと終わらせよう。」 料理が遅れたことで不機嫌だった彼女たちの顔は凪を見た途端に好奇の表情に変わった。 酔っ払っているのか、ベタベタと触れてくるおばさんたちに苦笑しながらも料理が遅れた詫びを述べて取り繕った笑顔を見せた。 「息子さんですって? ホントにいい男ねー!」 「あら25才?うちは娘が23なの。 独身でしょ?もし良かったら一度会ってみる? 自分の娘だけど、けっこう美人よ!」 何故かお見合い?を勧められる凪は苦笑した。 「すみません…でももう決まった相手がいるんで。」 「あら、そうなの? 残念ー!」 「どんな子なのー? ここを継いでその子が次の女将さん?」 「いえ…そういうのじゃないんですけどね…(苦笑)」 「それが、この子にはもったいないくらいに素直で優しくて可愛くって、とってもイイコなんですよー。」 早苗がフォローしてなんとか切り抜けた。 ストレスMAXな凪は再び自室に籠ると再びノートPCを開いた。 するとキーボードの上に小さな紙が挟まっていた。 "がんばって!" 少しクセの残る字は恋人の物で、テーブルの上には凪の好物のお菓子とジュースの差し入れもあった。 「本当…かわいーやつ…。」 たったそれだけでふと笑顔になれる…。 やはり紅葉は特別な存在だと改めて感じた凪はジュースで喉を潤してから作業を進めた。 「凪くん…、ご飯…。今大丈夫?」 部屋の外から遠慮がちに声をかけてくれた紅葉。 時計を見れば21時を過ぎていて、まだまだ作業は残っているが、一度休憩にしようと立ち上がった。 リビングダイニングへ行けば牛鍋(すき焼き)が準備されていて、美味しそうな匂いが漂っていた。 「え、何…? 母さん作ったの?」 「そうよー。 あ、何その顔ー! 大丈夫よ、さっき紅葉くんに味見してもらったから!」 「いや、そーいうことじゃなくて…(苦笑) …だって忙しいのに…」 テーブルを見ればすき焼き以外にも凪の好物ばかりが並んでいた。 多忙な女将業があるため、早苗の夫である正は家の分の料理など家事はやらなくていいと普段から言ってくれていて、母屋の掃除なども正がやってくれているそうだ。 「材料のお買い物は紅葉くんが行ってくれたのよー。 今お父さんたちも来るから。 さ、2人とも座って?」 「…明日、凪くんのお誕生日だからみんなてわお祝いしよっ! ケーキもあるんだよー!」 「…そっか…。」 凪は少し照れ臭そうにそう告げると、和やかに家族と食卓を囲んだ。 緊張感の続く作業の中で一時間程だが家族とリラックスした時を過ごせたことは非常に良かったようだ。予想以上のハプニングに自然と笑い合い、後の作業も順調に進んだ。 「…寝てていーよ?」 「やだ。」 左膝の上に紅葉を抱えてPCに向かい合う。 画面は多少見えにくいが、時折頬に応援のキスをくれる恋人が可愛いので問題ない。 「あ、0時になったよ! お誕生日おめでとうっ!」 「ありがと。」 抱き締め合ってキスを交わす。 誕生日プレゼントは夕方から部屋の角に置かれていた段ボールに入っている。 デカデカとマジックで書かれた"あけたらダメ!"という張り紙がしてあったので、多分これがプレゼントなんだろうなと気付いていた凪は、ゴソゴソと箱を漁る恋人の背中を見ながら思わず笑ってしまった。 その後、再び膝の上に抱えた紅葉はしばらく凪の作業を見守っていたのだが、ふと左腕に重みを感じた凪が顔を覗くとぐっすりと眠っていた。 「ふ…っ。子供かよ。 暖かいなー。」 よいしょと恋人を抱えて立ち上がると隣の寝室に寝かせる。 「さて…。あと少しだな。」 明日は誕生日LIVEということで、ソロの時間を多めに取ってもらっている。 凪がやりたいのはドラムソロからの紅葉とのセッション…しかもベースラインからヴァイオリンへの移行編成なので使用する同期も複雑だ。 なんとか成功させたい一心で気合いを入れてPCへと向かった。

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