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【合宿とトラブル 7】

「おいで。 みんなでお歌を歌おっか。」 通話を終えたみなが子どもたちを誘って体育館のステージへと向かった。 「良かった。開いてる…。」 鍵のかかっていないピアノの蓋を開けるとそっと鍵盤を撫でるとみな。 園児たちも興味津々で近付いてきた。 「わぁー! 大きいピアノだぁ!」 「お姉ちゃん弾けるのっ? それともミナミ先生が弾く?」 「あ、えっと…」 ミナミ先生と呼ばれた保育士が勝手に弾いてもいいものなのかと困っていると、みなはトレーニングされたよく通る声で叫んだ。 「光輝くんーっ! 怒られたらあとで謝っといて?」 彼女の台詞に笑顔を見せた光輝は両手で丸を作って答えた。 「さぁ!何の曲がいいー?」 「みなちゃんとっても上手なんだよー! 何でも弾けるよっ!」 「ほんとっ? えっと…じゃあ…雪のプリンセスのやつ!」 「紅葉、ハードル上げたね?(苦笑) 凪にヴァイオリン持ってきてって頼んだからあとで覚えといてよ? よし…!じゃあ弾くね。みんな歌ってね。」 彼女の奏でるピアノは保育士のレベルとは桁違いの演奏だ。 派手なアレンジも加えて、歌い始めれば誰もが息を飲んだ。 「すごいすごいっ!」 「魔法みたいっ!」 「もう一回シャラランってしてー!」 跳び跳ねながら喜ぶ子どもたちにみなも嬉しそうだ。 その後も園児たちのリクエストに答えて誰もが知ってる曲を弾き、みんなで歌いながら過ごせばいつの間にか不安そうな表情はなくなっていた。 「これだから音楽はやめられないんだよな…。」 その様子を見て光輝は一人、呟いた。 約束の1時間を回る頃… 外からガヤガヤと音が聞こえ始めた。 「あっちぃし重い…っ!」 「文句言わずにさっさと運ぶー! あ、それ向こうね。 お待たせー!」 誠一が仲間を引き連れてやってきた。 「あ、失礼しまーす!」 「食べ物持ってきたんで、運びますね。」 「えっ?!君たちは?」 突然現れた派手な若い男たちに驚く担当者。 光輝は手短に説明した。 「バンドやってて合宿で来てます。 見た目派手なんで驚かれるかもしれませんが、お手伝いさせて下さい。」 「おーい、メシだぞー。」 「凪くんっ!」 「おっと…! お前が一番に来てどーすんの?(苦笑) ほら、みんな手洗わせて。 お前もセンセーの…見習いでしょ?」 凪が戻ってきて安心した紅葉はすぐに彼のもとに駆け寄った。 「う…っ。 そうだった…! あ!平ちゃんっ! 来てくれたのー?」 「わぁー!おっきい犬だぁー!」 屋根のある体育館の入り口で園児たちに身体をぐしゃぐしゃに撫でられても、耳を引っ張られても全く怒らずお腹を見せている平九郎。大人気だ。 「ほらー!手洗って。 食べたらまたこいつと遊んでいいから…。 せっかくのハンバーグ冷めるよー? それともお兄さんが全部食べちゃおうかなぁー!」 「おじちゃん誰ー?」 「…おじちゃん…っ?! …えっと、この美味しそうなスペシャルハンバーグを作ったお兄さんのお友達でーす! さー、みんな座ってー!」 元気に現れたのは翔で、おじちゃんと呼ばれてガッカリしているが、子どもの扱いは珊瑚の弟妹たちで慣れている。 「わー! すごーい!クマさんのハンバーグっ!」 「私うさぎっ!可愛いー!」 凪もまたドイツで紅葉の弟妹たちに作った料理を再び活かせる時が来ていた。 「美味しいーっ!」 「美味しい!もっと!」 「あ、もうおかわり? おーい!こっちまだ予備の持ってきてー。」 翔が仲間に声をかけながら食事の世話を手伝っている。 凪も子どもたちの表情を見てホッとした。 「先生。豚汁もあるんだけど、具の大きさどう?大丈夫?」 「はい…っ!…大丈夫です…。 あの…これ全部手作りですか?」 「良かった。 一応…調理師免許持ってるんで…。 俺らで見てるし、良かったら先生も食べて。 ホントにお疲れ様。」 「すごい、素敵…っ!」 「…うん、素敵なんだけど…。 ミナミ先生…、あの…凪くんは僕のカレシだから…ダメなんだよ?」 「あ、ごめんなさい…?(笑)」 「ミナミ先生、"りゃくだつ"はダメなんだよ。 紅葉お兄ちゃん、恋人がお料理上手のイケメンだと大変ね。」 「菜乃花ちゃん…! ホントに5才ー?(笑)」 その後もみんなで豚汁を食べながら雑談をしたり、お腹いっぱい食べた子どもたちは雨があがった外で平九郎と駆け回って遊んだり、みなのピアノと紅葉のヴァイオリン演奏を聴きながら楽しく過ごした。 「じゃあ…自分もこれで失礼します。」 「光輝くん、先生たちを送ってあげて。」 「あ、そうだね。」 「でも…!」 遠慮する保育士たちに構わずみなは続けた。 「お疲れ様。 じゃあ私、走って帰るね。」 「えっ?! あー、了解。…気をつけて。」 光輝は慣れた様子で彼女を見送り、保育士たちを車に案内した。 「あの…いいんですか?」 「ロッジまでけっこう距離ありますよ…?」 「えぇ。大丈夫ですよ。彼女、いつもこのくらい走ってるんで。」 「…すごく信頼されてるんですね。 彼女も…積極的に手伝う感じってではなかったけど、最後まで残ると言ったあなたの作業が終わるまで待ってたし…。」 「さりげなくテーブルとか片付けてくれたし…子どもたちにも優しいし…。 何よりあのピアノ…っ!」 光輝は彼女たちの称賛の声に幸せそうに微笑んだ。 ロッジへの帰り道… 「そーいえば、凪くん、ご飯食べれた?」 「おー、車の中で食べた。 お前が朝作ってくれたでっかいお握り(笑)」 「そっか…! 下手なのでごめんね。 あと、今日はありがとう。」 「ごちそうさまー。 こちらこそ…。 なんか、貴重な体験だったわ。 メシも喜んでもらえたし、お前のヴァイオリンもやっぱスゲー好きだし。」 「僕も… お母さんたちお迎えに来れないって聞いて…実は昔の…両親の事故のこと思い出しちゃったけど…」 「それであんな不安な顔してたのか…。 ごめんな?」 「ううん…。 凪くんが、ああ言ってくれたから…すごく勇気が出たし。 凪くんは絶対に僕のこと迎えに来てくれるって信じてるし、心からそう思ったから…。 戻ってきてくれた時、すごく嬉しかった。 大好きって思って…!」 そう続ける紅葉に凪は穏やかなキスを贈った。 End

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