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平九郎の不思議な力(2)

平九郎が助けたのは動物だけではない。 人間もだ。 紅葉のピンチを2度も救ってくれている。 凪は至らない自分の代わりに大切な恋人を見守ってくれている彼(平九郎)は紅葉の父親の生まれ変わりなのではないかと密かに考えている。 さすがに恋人の父親(の生まれ変わりかもしれない?)の前での情事は躊躇われると、最近は愛犬たちの視線も気にするようにしている。 そんな夏の終わり… 平九郎は大活躍をした。 地方でのファンクラブLIVE前日… 近くに評判の良いペットホテルがあったので平九郎と梅も連れてきた2人。 ゆっくりと田舎道を歩いていた。 「まだ少し暑いな。 なるべく日影に行こう。」 「そうだね。 お水も飲ませないと…!」 夕方になり、涼しい風を感じたので散歩に出たのだが、まだ西日が差し込むとじんわりと暑さを感じる。 2人は愛犬たちのだに少しでも涼しいところをと思い、建物の影に入る。 「っと! 平九郎っ! どうしたっ?!」 角を曲がったところで、普段リードを引っ張らない平九郎がものすごい勢いと力で凪を引っ張っていく。 「平ちゃん?! 凪くん、もしかして…」 「また何か見つけたのか? 分かった、そっち行くから…!」 これで着いた先が焼き鳥屋とかなら笑い話で済むのだが、平九郎の様子からして違うようだ。 案内してくれたのは黒いワンボックスカーの前… 平九郎はしきりに地面の匂いを嗅いでいる。 「車の下かな?」 「紅葉、梅のリード貸して。 猫だったら飛び付くかもしれないから…」 「うん…。」 凪が梅のリードを短く持ち、紅葉が平九郎のリードを受け取ってみんなで猫を探した。 「いない… …あっちかな?」 「平九郎どこか分かる?」 特別な訓練を受けたわけではないが、不安そうにソワソワと歩き回る平九郎を信じて紅葉と凪は周囲を探す。 その時、梅が黒い車に向かってしきりに吠え始めた。嗅覚に関しては梅の方が敏感なので、猫の匂いを感じたのだろうか? 「梅ちゃん…? ハ…ッ! もしかして車の中っ?!」 それまで車の下や周囲ばかりを探していた2人はハッとして車内を覗き込んだ。 「っ!」 薄いスモークの張られた車の中には猫ではなく…幼児がいた。 「大変…っ! どーしよ! 鍵かかってて開かない…! ねぇ!大丈夫?! 聞こえるっ?!」 紅葉がガチャガチャとドアを引っ張るが開かず…窓ガラスを叩きながら呼び掛ける。 暑さでぐったりしていて反応はないようだ。 さすがに凪も焦る。 日影とはいえ、車内は温度が上がりやすいのだ。 窓を少し開けたくらいでは意味がない。 見渡せば、すぐ近くにパチンコ店が見えた。 ニュースでも時々見かけるが、まさかほんの少しのつもりで子供一人を車内に放置したのだろうか? パチンコ店の駐車場だと見つかりやすく、呼び戻されるからあえてここに…? 怒りに震えそうになる凪だったが、まずは人命が最優先だと判断し、頭を切り替えた。 「どう? 反応ある?」 「少し手が動いた…けど… どうしよ…警察っ!」 既に涙声の紅葉はパニック状態だ。 「落ち着け。 俺がかけるから紅葉はどっか開くとこないか確認しながら呼び掛け続けて。」 素早く指示を出した凪は110番通報をして事情を離した。 「そうです。 子どもが…3、4才くらいかな?男の子! ぐったりしてて… 場所?地元じゃなくて、住所とかわかんないんですよ。 …パチンコ屋の近くで…、あ、この電話から探知出来ます? …何分くらいで来れる?」 「凪くん…っ!どこも開かないよ…っ!」 紅葉は2cm程開いた窓の隙間から一生懸命風を送ったり、手を差し入れようとしながら呼び掛けを続けているが、先ほどまで僅かに動いてた指先が動かないと言っている。 「…もういい。待ってられるか…! 緊急事態なんで、今から車の窓ガラス割ります。…とにかく早く救急車っ!」 凪は電話口でそう叫ぶと通話は切らずにスマホをポケットにしまった。 「紅葉、危ないからこいつら連れて下がってて。」 「えっ?! 凪くんっ?!」 紅葉が止める間もなく、凪は男の子から一番遠い運転席の窓ガラスを狙って力いっぱい蹴りを入れた。 中学生まで習った空手と今夏から始めたキックボクシングの成果か、一撃で窓ガラスを粉砕した。 すぐにドアのロックを外した凪は熱気の籠る車内に身体を滑り込ませて、後部座席の男の子側のロックも外す。 凪が男の子のシートベルトを外すと、ドアを開けた紅葉が阿吽の呼吸で男の子を抱えて外の日陰に避難させた。 「しっかりして!」 震える手で容態を確認する紅葉は、実家に持病を持つ末の妹がいるので、幼児の救命措置法をきちんと習っている。 熱中症に対する処置も実習で習ったばかりだ。 「息はしてるけど、熱い…っ! 汗も…!冷やさないと…」 犬用のだが、水は少し持っているので身体にかける。帽子やタオルを使って風を送る。 「それじゃ足りないだろ? さっきコンビニあったよな? 行ってくる! 平九郎、梅、ここにいろよ。紅葉を守れ。」 リードを繋ぐ時間がなかったが、2匹は逃げたりはしない。 仕切りに男の子を舐めたり、心配した様子で紅葉に付き添ってくれている。 氷と水を手に凪が走って戻るのと、救急車が近くまで来たのは同じくらいのタイミングだった。 凪から受け取った氷で脇や首の後ろ、足の付け根をアイシングしていく紅葉。 緊急事態に作業の分担が自然と出来るのはもう3年、公私共にパートナーだからだ。

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