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【双子のお仕事】(2)

「あ…!」 珊瑚に気付いた紅葉は助けを求める視線を投げていた。 予想通りいい歳をした男が紅葉の手を握っているのを見て珊瑚は間に入る。 「いい加減にしろ。 イヤだって言ってんじゃん。 …手、平気か?」 ヴァイオリンとベースを弾く紅葉にとって手は大事だ。珊瑚は怪我がないか一番に確認した。 「うん…。」 「何だ君は! いきなり! 無礼だぞ!」 「無礼はどっちだか…。」 「何?」 「さっきからあんたが紅葉にちょっかい出してるの何度も確認してる。 ほら…これが証拠。」 珊瑚のスマホには紅葉の肩を抱く男の写真や、座っている紅葉の膝を撫でる写真が納められていた。 「…フツーにセクハラじゃね?」 「こんな写真!勝手に撮って…! 誰が信じるか…! だいたいさっきからその態度! どこのスタッフだ!」 「ふーん…。 じゃあ今からこいつのカレシに報告しとくね? 多分相当ヤバいことになるよ? 事務所の社長も…こーいうの許さないタイプだし。 で、俺はただの雑用だけど… 身内として許せない。」 「身内…?」 「俺の弟に汚い手で触るなっ! くそジジイ!」 珊瑚はそう吐き捨てると被っていたキャップとウィッグ、伊達眼鏡を外した。 照明器具のあるスタジオ内では特にウィッグが暑くて不快だったらしく、機嫌が悪いようだ。 「珊瑚…っ!」 「ったく、いい加減暑いんだよ…! …お前ももっと強く出ろよ。 …凪以外の男にヤられてもいーのか?」 「ヤダ…っ!」 既に涙声の紅葉を前にそれ以上厳しくは出来なくて、珊瑚は自分より少し背の低い片割れを抱き締めた。 「ったく…! …いつでも俺が助けに来れる訳じゃないんだからな?」 コクンと紅葉が頷く。 明日珊瑚たちが帰国予定なので本当は寂しくて仕方ないのだ。 「君…! …そうか双子だと聞いたことがあるが…! 君もモデルをやらないか? 裏方でいるなんてもったいない!」 変装を解いた珊瑚を見た男の態度が変わる。 「断る。」 「何故っ? これだけ綺麗な双子…なかなかいない。 話題性も十分だし、宣伝効果も上がるだろう…っ!ギャラは弾むよ!」 しつこく勧誘を受けて珊瑚はうんざりした顔を見せた。そうこうしている内に騒ぎを聞きつけて人も集まってきた。 紅葉は珊瑚の背中から一歩前へ出る。 「珊瑚は一般人です…。 無理強いしないで下さい。 それに彼には今日カメラアシスタントの大事な仕事があります。 僕1人でもご満足頂けるように残りの撮影も頑張りますから…! 」 「……ってことで。 …やるじゃん、紅葉。」 「ふふ…。 あ、早く支度しないと!」 「そーだった。 ほら、ジジイは外に出ろよ。」 他のスタッフたちにも珊瑚はだいぶ注目されていたが、その後の撮影は順調に進んだ。 「おい…、カメラ持って来てるのか?」 「…一応…。」 「…確認作業入るから10分だけ時間やる。 弟を撮ってみろ。」 カメラマンに言われて驚く珊瑚。 「え…!」 普段は植物や風景を撮ることが多い珊瑚。 翔と結婚し、共に暮らすようになって少しずつ人物を撮るようになった。 と言っても撮るのは家族や友人が中心だし、こうしてモデルを立てて撮るというよりかは風景に溶け込むような作品やシルエット、後ろ姿、一般人の日常をストーリーを考えて撮ることが主なので少し考える珊瑚。 「時間ねーぞー。」 そう言われてハッとなり、急いで自分のカメラを取りに行った。 考えてる時間はない。 家族としてではなく、モデルとして紅葉を撮ろう…。 そう決意した珊瑚はカメラを構えた。 「…珊瑚が撮るの?」 「そこのベンチの前に立って。 もうちょい端…。 横向いて。目線そのまま…少し遠く見て。」 珊瑚の指示通りポーズを撮る紅葉。 周りも2人のやりとりに注目している。 数回シャッターを切るものの、なかなか意図するイメージにならないのか、ついいつものように話す珊瑚。 「おい……アホ面! もっとシュっとした顔しろよ。」 「っ! 同じ顔でしょっ! ちゃんと説明してよ。」 「してるって。 脳ミソ使って想像しろよー!」 ヒートアップしたのか次第に母国語で言い合いにをする2人にギョッとする周囲。 どうも勝手が掴めないなと、珊瑚は一呼吸置いて落ち着くことにする。 「いいか? 向こうからお前の大好きな人が来るから…」 「えっ!」 「……ニヤニヤすんな。 …そういう設定な? まだ付き合ってなくてビミョーな感じね。 だから“まだかなぁー?”じゃなくて、“来てくれるかな…?”って気持ちで向こう見て。」 「分かった。」 集中する2人…。 カシャ…と珊瑚は1枚だけ撮った。 「…お疲れ。」 「もういいの?」 何枚も撮るタイプではないので珊瑚は終わりだと頷いた。 「ん。」 「…どれ、見せてみ?」 カメラマンはPCにデータを写して写真を確認した。 紅葉や他のスタッフも集まる。 「……すごい。 僕…?」 「キレイ…」 「なんか切ない感じが…すごく出てる!」 「お前…… 腕はまだまだだけど…やっぱ才能あるな。」 「…どーも。」 「ありがとう、珊瑚。」 「お疲れ紅葉。 …どうやらホントのお迎えが来たっぽいよ?さっきの写真、送ってたの忘れてた。」 スマホを眺める珊瑚は少し引きつった笑顔を見せた。

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