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【ホワイトデーと思いやり(1)】

ホワイトデー… なぜだかバレンタインより控えめのイベントの気がする。ボーっとしてたらまたなんとなく過ぎてしまうところだった。 今年のバレンタインは何も出来なかったので、紅葉はこの日、凪のために夕食を作った。 と、言っても凝ったものは作れない、チャレンジしてみたかったけど失敗してしまうのが心配で… 結局今年2人がハマっているカレー鍋とドイツのソーセージを焼いたくらいだが…。 「凪くん疲れてるよね…。 サラダチキンあったっけ? なんか茶色ばっかだし、サラダもつけようかなぁ。」 すれ違いの日々でも2人の生活の中にこういった小さな思いやりを大切にしたいと思っている。 紅葉はバレンタインに貰ったガトーショコラのお礼をしたくて、イトコのみなに手伝ってもらいながら甘さ控えめのチーズケーキを作った。 彼女の愛娘には赤ちゃんのおやつのテッパンであるたまごボーロをプレゼントした。 一応これもホワイトデーのお返しのつもりだ。 ニコニコしながらご機嫌に食べてくれたのは良かったのだが、みなと紅葉がチーズケーキ作りに夢中になっていると愛樹はいつの間にか床にボーロを投げ散らかしていて、それを平九郎と梅が競い合って広い、完食していた…。 「まぁ…みんな楽しそうだったから良かったけど…(笑)」 そんな昼間の出来事を思い出しながら料理を作る紅葉。 本当に質素なホワイトデーの夕食だが、レコーディングの合間に帰宅した凪は喜んでくれた。 「旨いな、これ。」 凪にしては珍しく、2切れもチーズケーキを食べてくれた。 「ホント? 喜んで貰えて良かったぁ。」 少し甘さが物足りないと感じていた紅葉。 凪はふと思い付くと冷蔵庫からお手製イチゴソースを取り出して添えてくれた。 凪はバレンタインに続きホワイトデーにもお手製のイチゴソースで紅葉を喜ばせたかったようだ。 「わぁー! すごい…っ! 豪華になったね! めちゃくちゃ美味しいよ!」 「…良かった。 ヨーグルトとかにも使えるから。」 「うん! 一緒に食べようねっ!」 「あぁ。 …ありがとう。 紅葉のおかげでいいホワイトデーになった。」 「ふふ…っ。 僕のほうこそありがとう。」 凪の気持ちが嬉しくて満面の笑顔を見せる紅葉。互いを思いやる優しさが温かみを帯びてより良い一時(ひととき)となった。 あとは… 出来ればちょっとイチャイチャに誘いたいのだが……いつもその場の流れだったり、凪任せなことが多い(というかほとんど)のでどうしたら良いのか分からない紅葉…。 交際4年を越えてもやっぱり恥ずかしくて、きっかけ作りに悩んでしまう。 しかも凪は今、レコーディング作業に追われていて絶賛仕事モードなのだ。 邪魔はしたくないので、紅葉は大人しくソファーに座り友人たちとLINEをしながら彼の横顔を覗き見ている。 もちろんリビングの片隅にある仕事用スペースでPCを操作する凪はとってもカッコいいし、見ているだけで目の保養なのだが…。 ちょっとだけ自分にも構って欲しいな…なんても思ってしまう。 一応、前に双子の兄である珊瑚に聞いてはみたが「フツーに“おい、ヤるぞ”とか?え?寝てても関係なく乗っかるけど……。 あー、事前に? んー…、夕食時にテーブルの向かいに座ってる翔の股間を足先で撫でてやったりとか?」 「………。」 雰囲気も何もない……。 紅葉には高度過ぎて(?)全然参考にならなかった。 「ハァー…休憩しよ。」 「っ! お疲れ様ー! コーヒー飲む?」 大きく伸びをした凪にすかさず訊ねる紅葉。 「あー…飲もっかな…。 でもあとでいい。 先に充電させて…。」 「っ!!」 紅葉の座るソファーの隣に来た凪は、背もたれれに長い腕を伸ばして寛いだかと思うと紅葉をギュっと抱き締めた。 突然の抱擁は待ち望んでいたものだったが、喜びよりも驚きが勝った紅葉は心臓がバクバクしていた。 とりあえず自分の膝を眺めて気持ちを落ち着ける…。 「ってか、寝なくていいの? 明日何時?」 「ろ…6時に出るよ。」 「早…っ!(笑) 張り切ってんなぁ…。 開園前に並ぶ感じ? 朝飯どーする?」 まだ動揺している紅葉。 明日は卒業旅行で某遊園地へ行くのだ。 凪はそっと身体を離すと紅葉の肩を抱いて話を聞いてくれた。 「うん。朝の空いてるうちに人気なのに乗ろうって…。みんなで並びながらおにぎりでも食べるよ。」 たくさん持って行って余ったらお昼に食べるという紅葉に凪は持ち込み禁止だとストップをかけた。 「そうなの? 知らなかった! どーしよ…っ! ご飯5合もセットしちゃった…!」 「……。 あー…、冷凍しとく(苦笑)」 多分友人たちにも分ける予定だったのだろうが、そんなに大量のおにぎりを持って歩く気だったのかと驚く凪。 「じゃあ…えっと…。 ポップコーンをたくさん買おうかな…。 確かいろんな味があるってトモちゃんが…、パークに詳しい女の子が言ってたから…。 あ、女の子たちとは別行動の予定なんだけどね、レニたちにお土産選ぶの手伝ってもらうんだよ。」 やはり金欠の友人たちを気遣っているようだ。奢るにしても彼らが気負わないように紅葉なりに考えているようだ。 きっと弟妹たちへのお土産代の予算もきちんと考えているはずだ。 凪としては紅葉が女の子たちと行動を共にすることに不安や不満はない。 そこはもう信頼している。 出逢った頃は高校生だった紅葉が学生気分で過ごせるのもあと僅かなので「友達と楽しい思い出が出来るといいな」と、微笑んだ。

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