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【アパレルイベント】(1)

「こんな感じだよー! どぉー? 可愛い?」 「いや(苦笑) スマホ持ったまま回ったら服見えないって(笑)」 「あ、そっか(笑)」 「うん。まぁ…いいんじゃない? …ってか、メイク濃くね?」 「えっ?! そうかなー?」 楽しそうにビデオ通話で話す2人。 今日、紅葉はアパレルブランドの販売促進イベントでとある商業施設に来ている。 白と黒の色使いを基本にデザイン性と機能性を兼ね備えた服は男女問わず人気があるブランドだ。 普段はネット販売中心で、店舗は都内にしかない。今回は郊外の商業施設に関西初出展。 このタイミングで紅葉をモデルに起用し、ブランドの今後をかけたオープンイベントで集客を狙う。 今日の紅葉はVネックの細身の白いシャツがお気に入り。裾が長めのアシンメトリーデザインで、大きめの網目の黒いサマーニットとダメージの入った黒のスキニーを合わせている。 髪もメイクもバッチリで気合いが入っているようだ。 「早めに終わったら迎えに行くから。 …分かってるな? イベント中はRyuを側につけとけよ。 約束だからな?」 「うん。分かった!」 セキュリティチェックはあると聞いているが、お客さんとの近距離での対面になるので、凪はボディガード代わりに後輩を付けた。 お客さんがファンだけとは限らない。 念のためだと凪は言い聞かせた。 Ryuこと竜之介は紅葉より年下だが、体格が良くある程度喧嘩慣れもしていて、気の効く男だ。 バンドマンにしては珍しく、若くして結婚していてもうすぐ第二子が誕生予定。 そういった意味でも凪が安心して紅葉の側に置ける人物だ。 コンコン… ノックのあとRyuが声をかける。 「あ、紅葉くん準備出来てます? なんかけっこう並んでて早めに始めるかもって…」 「ほんと? 僕は大丈夫だよー! …じゃあ凪くん、行ってくるね! 凪くんも頑張って!」 「おー。頑張って来いよー。 …Ryuも宜しくな。何かあれば随時、何もなくても1時間毎に連絡忘れるなよ?」 「…っス! きっちり目光らせてやるんで、バイト代頼みますよ!」 「分かってるよ(苦笑)」 家族が増えるのに今のままだと稼ぎが足りないと竜之介は凪に相談しているようで、こうして今日のように仕事を回しているのだ。 「ボディーガードなんて過保護じゃないッスか?」 「リスクマネージメントだ。 お前にとっては雑用仕事かもしれなけど、そこから学ぶもの、活かせることもきっとある。」 そう凪が告げるとRyuは素直に頷いた。 こうしてイベントは30分予定時刻を繰り上げてスタートした。 紅葉のポスターや等身大パネル、コーディネートした服がたくさん飾られた店内。 ファンのみんなが並ぶ廊下にもポスターがいくつもあり、撮影時の映像やインタビュー記事も見れるようになっている。 紅葉はお客さんが購入してくれた商品と記念品のポストカードを袋に入れて直接手渡す。 服や小物の購入金額に応じてオプションがあり、サイン入りの生写真がもらえたり、ツーショット撮影が出来るとあって多くのファンが集まっている様子だ。 商品の案内など接客は全てブランドのスタッフがやってくれるが、普段はネット販売中心で店舗運営の経験がある者が少ないせいか不馴れな部分も目立ち、予定より時間がかかっているようだ。 「ファンの子たちは待ち時間長くても自分の番がくれば紅葉くんとゆっくり話せるって喜んでますけど、商品の渡し間違いとかもあったりして…。 それにどうやって対応しようみたいな…(苦笑)そう…、スタッフ人数はいるけど、判断力のある主力があんまいなくて(苦笑) 今のところクレームまではいってないですけど、なんつーか…流れは悪いですよ。 いや、俺が口出す立場じゃないんで何も言ってないですけど…(苦笑) 紅葉くんは…押してるって時間気にして、休憩一回だけとってあとずっと出てます。 変なの…?あー…一人。 5万分の服買ってツーショット撮ってそのままプレゼントって渡してきたやついましたけど……あ、はい。…分かりました。水分だけでもとらせます。はい…。」 竜之介は凪への二度目の電話報告を終えて軽い胃痛を感じていた。 プレッシャーがハンパなく、簡単なバイトだと思って引き受けた自分を恨みたい気分だった。 「これだけ紅葉くんを気にかけておいてちゃんと自分の仕事もこなしてんのがスゲーよな…。 こりゃあ絶対予定より早く来るよ、あの人(苦笑)」 電話越しでも凪が苛立っているのは明らかだった。主催者側の手際が悪いせいで紅葉の負担は増えているし、売り場でのトラブルも多発。 長時間並んでくれているファンへの配慮も全く手が回っていなさそうだ。今日はプレゼントの手渡しがNGなのだが、ガチ恋系ファンはお構い無しだったり、徹底した注意喚起も出来ていない…。 このままだと結果的にブランドへの悪評価と何の非もない紅葉のイメージダウンに繋がってしまう可能性が高い…。 そんな中でも笑顔で丁寧に接客を続ける紅葉。 「こんにちはー! 今日はありがとう! お待たせしてごめんねー。 このお洋服可愛いよねー! たくさん着てね! …うんうん!LIVEにも着て来てくれたら嬉しい!」 その姿を直接見ているわけではないが、凪には想像出来ていた。 だからこそ、理不尽なことが起こる可能性を凪が許すはずはなかった。

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