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【仲直りはその日のうちに】(1)

※一部ネグレクトを連想する表現がありますので苦手な方は閲覧をお控え下さい。 「んー……1回休憩にしようか?」 ギターを抱えた手を止め、誠一が切り出した。 今日はLINKSスタジオでバンドの音合わせ練習の日だが、いつもと音のまとまりが全然違う。 それは光輝とみなが前の仕事が長引いていてまだ合流出来ていないからというのもあるが、なんというかもう土台がガタガタなのである。 これは演奏していても練習にならないと誠一はストップをかけた。 「…あー…俺ちょっと出てくる。」 すかさず凪はドラムセットから離れてそのままスタジオを出ていく。 いつもなら、紅葉にひと声かけるし、何なら一緒に連れ出すのに… 紅葉の方も、凪がコートも持たずに12月の屋外へ出ようとした時点で止めていたはずだ。 「えーっと…、珍しく喧嘩でもした?」 ギターを置いた誠一が堪らずそう訊ねれば、明らかに元気のない紅葉はベースを抱えたまましゃがみこんだ。 「…迷惑かけてごめんね…! 完全にプライベートです…。バンド活動に持ち込まないって約束したのに…。 どうしよう…! 次の音が分からなくて…全然弾けない…っ! いつもは凪くんのドラムが導いてくれるのに…」 メンタルに演奏が大きく影響する紅葉は自分でも驚く程の不調に動揺していた。 ボーッと凪の出ていったドアを見ている。 絶対音感もなくて、音楽一家の生まれでもなく、幼少期から音楽に囲まれていた環境で過ごしてきたわけでもない誠一には紅葉の苦悩を理解するのは難しい。 才能に溢れた彼に時に妬ましささえ感じてしまうことさえあるが、こんな風に心が乱れるのなら切り離すことの出来ないその才能は邪魔なのだろうか…。 …何にしてもLINKSの音楽は一人で築き上げるものではない…。 誠一も練習量は負けてるつもりはないし、努力と研究心と向上心、分析など自分の強みを活かせばいいのだと落ち着かせる。 「……美味しいココアがあるんだけど、一緒にどう?」 そう紅葉に提案してみた。 家事らしいことはほんとに何も出来なかったのにココアをいれられるようになった。 幼少期の誠一は時々何か食べ物が与えられれば良い方で、勝手に家をあさって口に出来る物を見つけられればラッキー、何日か食べられなくてもそれが普通だった。 そうやって過ごすうちに空腹を感じにくくなり、感情を表すことも少なくなっていった。 紅葉とは真逆の人間だった。 今までの人生で心惹かれたのは星空と、数字とギターだけ。 自分の容姿は武器になると知って、男女問わずいろんな人が寄ってきたし、頭を使って利用することも学んだ。女の子にも不自由することなかった。 でももし自分に何かあって駆け付けてくれるのなんてLINKSのメンバーくらいだろう… まぁ、彼らがいてくれたら十分だ。 そんな風に考えられる自分も随分人間らしくなってきたものだと誠一は考えていた。 最近は遊び歩くのも面倒になり、親友(光輝)の自宅に入り浸る日々…。 独りに慣れていたし、ずっと…1人の方がラクだと思っていたが、LINKSのメンバーと過ごす日々はより自分らしくいられると感じるのだから不思議だ。 「甘くて美味しー…! 温まるねー。」 「うん、そうだね。 これ最近気に入ってるんだー。」 「誠一くんも意外と甘いもの好きだよねー! チョコが好き?お土産買ってくるね。 あ!今度ケーキとかパフェとか食べに行こうよー!デザートブュッフェとか!」 「えぇ?(笑) ホントに? 僕はそんなに量は食べられないと思うよー(笑)」 紅葉のこの屈託のない明るさは誠一にとって救いだ。 「…凪くん…遅いなぁ。 どこまで行ったんだろう? 寒くないかな…。」 「心配? 気になるよね。」 「…ごめんね。 うー…今日ダメダメだぁ…! せっかく、誠一くんの新曲…素敵な曲なのに…。 あの…ずっと思ってたんだけど、誠一くんの作る曲はキラキラしてるよね。 どの曲も…お星様みたい。」 そんな風に言われたのは初めてで、誠一は驚いた。そしてじんわりと胸が温かくなる。 …嬉しかった。 「…ありがと。 ねぇ、凪と何かあったの? 光輝たちが来る前に仲直りしちゃいなよ。」 「うん…。 昨夜ちょっと喧嘩っていうか言い合いになっちゃって…! 本当はその日のうちにごめんなさいするルールなんだけど、僕も意地張っちゃって…。 そしたら今朝も…なんか…。」 だんだんボソボソと話す紅葉の背後から聞き慣れた声が聞こえた。 「どうせきっかけは下らない出来事なんでしょ。」 「っ! みなちゃん!」 「お帰り。お疲れ様。」 「前の道で凪と会ったよ。 もう戻ってくるから。 紅葉、すぐ謝りな。」 「えっ、あ…うん…っ!」 イトコにそう言われ、なんて声かけようか…と、少し緊張しながら凪の帰りを待つことになった。

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