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 『めずらしい……』  電話の向こうで祥子が明るく言う。  本社前で彼女の着信に気がついた。約束の時間にはまだ間があった。 『ユキくんがかけ直してしてくるの、めずらしい』 「そう?」 『電話は、だいたい私からしかしてないしね』  彼女は冗談めかして言った。 「そうだっけ……」  僕はちょっと笑って見せる。 『仕事、これから?』 「うん。あ、でもその前に人に会うけど――」  ビルに出入りする人々を見るともなく見ながら言う。 『女の人でしょ』 「男だよ」 『怪しい』 「本社の人事の人。しかも禿げたおじさん」  彼女はクスクス笑っている。 「で、何?」  あ、そうだ……彼女が向こうで小さくつぶやいく。 『あのね、父さんが――』  一瞬、そこに彼女の父親が見える気がしてドキッとした。 『今度、還暦のお祝いするんだけど、ユキくんも呼んだらって』  僕はちょっと言葉に詰まりながら、 「いつ?」  とかろうじてきいた。 『7月なんだけど。3週目の日曜日……来られる?』  彼女の父親には2,3度程会ったことがあった。正直、少し頑固そうな彼によい印象がもたれているとは思えない。彼女が三人姉妹の末っ子で、とりわけ可愛がられているというのもあったかもしれない。会わずにすむなら会いたくはなかったけれど、よく思われていないうえに、祝いの席への招待までむげに断るわけにはいかない気がした。 「うん……大丈夫……多分」 『そう?父さんに言っちゃっていい?』 「えっと……いいよ。うん、大丈夫」 『良かった。父さん、喜ぶよ』  あの父親が、僕ごときが来ることで喜ぶとは思えなったけれど、彼女がほんとにうれしそうに言うので、少しほっとする。 「じゃ、俺、行くわ。また連絡するよ」 『ホント?』  彼女が、また冗談めかしてきいた。僕は大げさに笑う。 「俺、そんなにかけないか?」  彼女は”ふふっ”と笑っただけだった。 「ちゃんとかけるよ」 『うん』  電話を切ってすぐ、”あっ”と思い出した。  急いで携帯のスケジュールアプリを開く。やっぱり、 「同じ日だ……」  ”7月の第3日曜日”  その日は圭太の誕生日で、二人で海にでも出かけようかと話していた日だった。 「そんなこと、あるんだ……」  あいつと彼女。  僕は高層ビルの前、何だかぽつんと一人立ちつくしていた。

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