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第25話 上履
「今俺のこと『いずみくん』って言った?言いましたよね?」
「う...すみませ..」
「もう一回呼んでください、雛瀬先輩、ねえ」
「すみません..っ」
ぐいぐいと顔を近付けられ硝子は
泣きそうになりながら必死に縮こまっていた。
すると恭介は溜息のように息を吐いた。
「...ごめんなさい....ちょっと興奮してしまいました…
雛瀬先輩..、顔上げて...?」
そんな声が聞こえて、硝子はおずおずと顔を上げた。
恭介は少し離れていて、
小さく笑うと首を傾けて、ごめんね、とまた謝った。
何を謝ることがあるのか、謝らなければならないのは自分なのに。
「先輩これ、忘れてったでしょ」
恭介はそう言って硝子の上履きを取り出した。
やはり彼が持っていたらしい。
逃げたこともそうだし、硝子はなんと言っていいかわからず恐ろしくて
思わず震え出しそうになってしまう。
「あ...す.....すみません...っ」
「なかなか返しに行けなくてごめんなさい。
いや全然何もしてないから持ってただけです本当に」
彼はすんなり上履きを返してくれて、どこかホッとしながらも
なぜか綺麗になっているような気がしないでもない上履きを抱きかかえた。
彼は逃げたことは何も問わず、ただにこにこして硝子の隣に座りなおした。
「あの...」
口を開くと恭介が手に持っていたものを顔の前に差し出してきたので
硝子はまたもや驚いて口を閉じた。
「先輩これ。お口に合うかわかりませんけど」
「...え?」
「お弁当。作ってきたんで一緒に食べましょう」
そう言って無理矢理渡されたのは、白い布に包まれた四角い包みだった。
お弁当?
意味がわからず硝子は呆然と手の中の包みを見下ろした。
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