43 / 151

第42話 早く

何かを望んだつもりはなかった。 それは言い訳なのかもしれない。 日曜日に、真一と出かけたのなんていつ以来だろう。 書面上の父とは、血は繋がっていない。 ようやくクリアーになった視界で硝子はその横顔を盗み見た。 清一にも真姫にも似ているその横顔は、 自分には一切流れていない遺伝子。 視力矯正が必要になった時 この家で目が悪いのはお前だけだ、と顔色を変えることなく彼は呟いた。 「あの...すみません、でした..」 ぼそぼそと呟くと、真一はこちらを見下ろし微笑んだ。 昔から、その微笑みは穏やかに見えて狂気を孕んでいる。 彼の大きな手が伸びてきて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ 身体の芯から震えそうで奥歯を噛み締め耐えていた。 「元気なのはわかるが、あんまりママを困らせるなよ」 「....はい」 硝子は小さく頷いて、彼の少し後ろをついて歩き始めた。 何かを望んだつもりはない。 だけれど多分、 存在するだけで常にこの人達を傷付けている自分は 何かを思うことすら許されないのかもしれない。 さらさらと風が吹いて、硝子は空を見上げた。 ビルの隙間に覗く空、煙が昇っている。 早く、ここへ来いとでもいうように。

ともだちにシェアしよう!