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第43話 横顔
「何をしてる、硝子...」
真一は振り返り、遠くの空を眺めている硝子の姿に思わず口を閉じた。
黒髪が風に靡き、買ったばかりのピカピカの眼鏡の向こう
黒く澄んだ瞳が青空を映していた。
時々硝子は、昔の清子のように
いや、それ以上に
呼吸も出来ないほど、酷く美しく映る。
数秒後、見惚れていた自分を恥じ真一は舌打ちをした。
「硝子、早くきなさい」
微笑みを一つ浮かべて鋭い声を出すと硝子はびくりと肩を揺らし
おどおどと歩き始めた。
「...すみません」
真一は清子のようにヒステリックに怒鳴ることはなかった。
正直彼女のあの行為は、とても幼稚で見苦しい。
しかし彼女がああいう怒り方をするようになったのは、硝子という存在が出来てから。
聡明で美しかった清子の姿は今はもう彼女には見受けられず
皮肉なことに日に日に硝子へと移っているようだった。
「何を見ていたんだ?」
真一は笑みを崩さず、のろのろと歩く硝子に苛立って髪を引っ張るように頭を撫でた。
硝子は俯き、長い前髪で顔がまた隠れてしまう。
「..煙が....見えたので」
「煙?」
硝子の証言に辺りを見回すがどこにもそんなものは見えなかった。
「はい...」
硝子は再び南の空を見ては、
どこかに飛んで行きそうな遠い目をした。
おかしな事を言う子だと、
清子のように叫ぶのが恐らく正しいのだろう。
だが真一はそんな彼の瞳を覗き込みたくて仕方がなくなってしまう。
それは一種の、情なのかもしれない。
だがすぐにかつての清子の姿が思い浮かび、
目の前の少年に限りない憎悪が渦巻く。
「くだらない」
真一は吐き捨て硝子を引きずるように帰路についた。
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