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第74話 家路

夕方までぐっすり眠ることができたので、 硝子は自力で歩くことができるまでには回復した。 それでもいつもより歩くスピードは遅かったのだが 恭介は歩幅を合わせてくれて、 いつもの場所まで送ってくれた。 「じゃあ、雛瀬先輩お大事に」 「う..うん」 二人向かい合わせに立って、 挨拶を交わすと彼は背を向けて歩き出した。 茶色い髪が風に揺れていて、後ろ姿でも絵になる。 硝子は思わず一歩踏み出した。 「あのっいずみくん..!」 勇気を振り絞って声をかけると、恭介は振り返った。 不思議そうに首を傾げられ、硝子は服を握り締めて 逃げ出しそうな自分を抑え込んでいた。 「あ..あの....ありがとう...」 自分は彼に何もしてあげることが出来ない。 貰った分返せるなら、でも何も持たない。 硝子は精一杯お礼を言って深々と頭を下げた。 「......ぐ、いえ、先輩の為ならお安いごようで..」 恭介は妙な唸り声をあげ、胸と口を抑えていた。 震えながらよろよろと歩き始める後ろ姿を見送りながら、 硝子はもっと役に立てる人間になりたい、と思ってしまった。 今までは迷惑さえかけなければそれでよかったのに。 母親の声で、あんたなんか役に立つわけがないでしょう!、と叫ばれる。 そう、なのだけれど。 硝子は唇を噛んで、家路についた。

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