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第80話 楽園

蝉の声がけたたましい暑い夏がやってきた。 硝子の夏休みは、いつも通り朝食を終え部屋に引きこもってぼうっとするか 或いは外へ出て公園か何かでぼうっとするか が毎年恒例であったが、 今年は環先生の、いつでも使ってちょうだい、という言葉で課題を持って図書室へ行くようになった。 ここなら制服で居ても問題はないし、明るいから勉強もし放題だ。 本を読んでもいいし、クーラーが効いてるから涼しいし、 環先生はいつもカウンターの中でパソコンとにらめっこしているが 時々話し相手になってくれたり、紅茶を淹れてくれたりする。 火曜日になると恭介や茶々がやってきて賑やかになるから 本当に楽園のような場所を見つけてしまって 硝子は幸せすぎるほど幸せな夏休みを送っていた。 今日もいつものようにのろのろと課題を解いていると、ガラガラと目の前の窓が開く。 「おお。ひなっちゃん!ここにいたか」 茶々だった。 私服姿の彼は相変わらず長袖のシャツを着ている。 首から下げられたカメラは最早トレードマークである。 「あ...茶々くん..」 「良かった良かった!家に行くとこだった」 「え..」 「ちょっと頼みたいことあってさ」 茶々はそう言いながら窓を乗り越えてこちらに侵入してきた。 背負っていた黒いリュックをどさりと机の上に下ろすと中を探り始める。 ファイルを取り出すと、そこから紙を取り出し机に広げた。 「ニューにこにこ新聞が商店街で好評でさ 特にひなっちゃんの字が好き、挿絵の微妙な感じが好き..とかなんとかまあとりあえず人気で うちのポスターも書いてくれって声がかかってさ」 「俺の字が...?」 そんなことを言ってくれる人がこの世にいるのだろうか。 とても信じがたいことである。

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