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第84話 顧客
電気屋のショウウインドに貼ってあるポスターに思わず足を止める。
"子犬差し上げます"
茶色い犬の写真とともに美しい文字が並んでいた。
見たこともないようなフォントだが、手書きだろうか。
どこか見覚えのある文字...母のに少し似ている気がする。
清一は思わず貼ってあるポスターに手を伸ばした。
ガラスの向こう側に貼ってあるため、直接は触れられないが。
昔、留守番をしていた時母の日記を盗み見た時のことをなぜか思い出していた。
書き連ねられた善意の言葉。
正しさとは何かを説いた美しい文字。
幼いながらにも言い訳と読み取ってしまったその日記帳を
母親の悪い部分だと感じて誰にも見つからないようなところに隠してしまった。
その後理不尽にも証拠もなしにお前がやったのだろうと決めつけられ、怒られていた幼い弟。
ちくりと痛む罪悪感に、思わずため息が溢れてしまった。
すると店のドアが開き、中から誰かが顔を出した。
「…おんやぁ?物憂げな美青年がいると思ったらお兄様じゃん」
聞き覚えのある声にそちらを見ると、
泣き黒子の少年がこちらをじっと見ていた。
硝子のクラスメイト、赤川茶々!
いきなり名乗られたので嫌でも覚えてしまったのだ。
清一は慌てて態勢を立て直し咳払いをした。
「や、やあ。この庶民的な店は君んちかい?」
「ザンネーン違います。顧客でーす」
茶々はそう言いながら店から出てきた。
この暑い中長袖の服を着て居てリュックを背負い、
首からカメラを下げている。
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