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第88話 たいせつ

硝子はいつものように図書室に通ってきたものの いつも以上にぼーっとなってしまって、 いつもよりスローペースでの作業になってしまう。 それというのも先日伊積恭介に、俺のこと好きですか?、と聞かれてからである。 好きか嫌いかで言われたらそれは好きに決まっているけれど、 彼の求めている答えはきっとそうではない。 再三彼は好きだと言ってくる。 それはどこか硝子が蓋をして、感知しないようにしていたものだったし それどころか寄ってもこないものだったから。 考えないようにする為に手元のポスター作りに勤しもうと手を動かすのだが、はあ、と息を吐いてまたぼんやりと ポスターの絵を見つめてしまう。 浴衣姿の男女が手を繋いで歩いているイラストだ。 相手が異性だったら..?そうではない。 多分、誰からも愛される資格はない。 だから彼にも、そんな、泣きそうな目なんて 必死な声なんて、する必要ないのに。 この空間や彼の隣の心地よさに甘んじているからいけないのだろうか。 大切な人たちになってしまって、 その大切なものはどうやって守っていけばいいんだろう。 大事なものなんて今まで何一つ持ってこなかった硝子には、 ただただ、怖いという漠然とした感覚で 何度も何度も、忘れる努力をしてしまうのだった。 8月に入り、暑さは本格的に猛威を振るい始める。 硝子の使う物置は日中はとても人間が生存できる温度では無い為、 例によって図書室通いは続いていた。 皆勤賞じゃない?、と環先生はどこか嬉しそうに笑う。 硝子はすでに大方片付いてしまった課題をのろのろと進めながら、時々窓の外の青い空をぼんやり眺めては また課題をのろのろと進めるだけの毎日をそれなりに充足感を持って過ごしていた。 「....雛瀬先輩!」 課題の文字を書いていると、恭介の声が聞こえて硝子は顔を上げた。 私服姿の恭介は手にビニールでできたクーラーボックスを持っている。 今日は火曜日ではなく、硝子は不思議に思って小首を傾げる。 「いずみくん..?どうしたの?」 「ここにいるって茶々に聞いて。早く教えてくれればよかったのに」 恭介は不満そうにじとっと硝子を見つめてくる。

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