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第89話 始めました。

硝子が謝ったほうがいいのかと悩んでいると 恭介はどさっとクーラーボックスを机の上に置いた。 「昼まだですよね?冷やし中華作ってきたんで。 急いで作ったからちょっと色々あれですけど..」 「え..?えっと..」 恭介はテーブルクロスを取り出し、机にかけテキパキと用意し始めた。 一体何事というのか、あっけにとられている間夏らしいランチメニューが硝子の前に並んでいた。 「ちょ..伊積君...ここはカフェじゃないのよ..」 環先生が遠くからツッコミを入れてくる。 「いーじゃないっすか他に誰もいないんだから」 「全くもー。本汚さないでね」 寛容すぎる環先生は頬を膨らませながらもそう言った。 透明のグラスに黄色い麺。トマト、ワカメ、美しく細切りにされた錦糸卵やキュウリ。 硝子はその芸術品をぽかんと眺めてしまった。 「麺伸びますよ」 恭介はおかしそうに笑って箸を渡してくる。 意味がわからなかったが、用意されたからには食べないわけにもいかず 硝子はおずおずと両手を合わせた。 「い..いただき、ます..」 琥珀色の液体に浸された麺を箸で掴んで、 怖々と口へ運んだ。 爽やかな酸味が広がって 冷たく冷やされた麺が、暑さに蝕まれた体を冷やしていくようだった。 「..美味しい..!」 硝子は思わず呟いてしまった。 夏はぬるくて冬は冷たくて、そんな常温な食事しか食べたことがない為 気温に逆らったものがこんなに美味しく感じるとは。 恭介は、よかった、といつも通り微笑んで 隣の席で彼も一緒に食べ始めた。

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