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第94話 浴衣

数十分後、硝子は紺色の浴衣を着せられていた。 2人にアレヤコレヤと着せ替え人形にさせられ ぐったりとうな垂れるように椅子に座る硝子はすでに満身創痍である。 「きゃーかわいー!似合うわよ硝子君!」 「うんうん。こりゃーいずみん発狂するでしょ」 ばしゃばしゃとシャッターを切る茶々とはしゃぐ環先生に硝子はなんだかもう どうにでもしてくださいという気分だった。 しかしこんな綺麗な服は着たことがなかったためなんだか複雑だ。 「なんか...すみません、環先生...」 「どうして?謝る必要ないわよ。私が着せたかったんですもの あ、ちょっとじっとしてて」 彼はそう言って硝子の背後に回った。 硝子は背筋をピンと伸ばしてしまいながら大人しくしていると 彼の指がそっと髪に触れて、櫛を通してくれているらしかった。 「伊積君ね、入学したばかりの時は本当...一匹狼みたいな子だったのよ。 近付くものみんな嚙みついてやるぞって感じで誰も寄せ付けないオーラを放ってたの」 「...え..?」 恭介の話を始める彼に、硝子は思わず顔を上げた。 そういえば彼らは知り合いのようであった。 誰も寄せ付けないオーラ。そうなのだろうか? 彼はとても優しくて、人気者なのだろうと思っていたから。 「彼が変わったのはあなたのおかげね。」 環先生の手は優しくて、暖かかった。 自分は、いつもしてもらうばかりで恭介にも茶々にも環先生にも何も返せていないのに。 急に視界が明るくなって、硝子はいつもより見えやすい景色をぼんやりと見つめた。 「はい出来上がり」 ポンと肩を叩かれて、硝子は彼を振り返った。 環先生は美しく微笑んでいて、 それはきっと彼のおかげなのだろうと硝子は思った。 いずみくんの優しさと、環先生の優しさはどこか似ている。 陽だまりのような暖かさ。 「....硝子君可愛いわね?」 「前髪あげたら結構美形……」 2人に顔を覗き込まれ、視界が良好なのは長くしていた前髪を分けられたせいだと気付いてしまった。 しかも後ろもすっきりしている気がしてうなじに手をやると髪の毛が纏められている。 「え、わ、あれ...」 硝子はわたわたと自分の後頭部を触り、 何やらリボンらしきものに触れて、ひぃ、と手を離すのだった。 「浴衣ピンクにすればよかったわ」 「それな」 真顔でシャッターを切る茶々と 化粧をしようとする環先生から必死で逃れる硝子であった。

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