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第113話 ある日の陥落
あの人、いつも遠くを見ている。
それに気付いたのは、
派手な髪色の先輩方からの洗礼を受け返した後
なんとも言えぬ空虚な痛みの中で見つけたのだった。
退屈そうでもない、かと言って必死でもない
ただぼんやりと、教室の隅で窓の外を眺めるその少年から目が離せなかった。
最初は、一体何を見ているのだろう、だなんてどうでもいい事を感じてしまう自分が不思議でたまらなくて
真似して空を眺めて見ても、そこにはじんわりとした痛みがあるだけで
つくづく自分は目の前のことしか見えないのだと苦笑した。
それを教えられたようで、なぜか腹が立ったのだ。
次に彼を見た時も
とろ臭い、見ててイライラするとヒソヒソ呟かれながら空を見上げていた。
最初に見た時より近くで見た彼は
今にも壊れそうなほど、繊細な感情の先端を突きつけられているような
白い肌と澄んだ瞳に、一瞬時が止まったように魅入られてしまったのだ。
そのあまりにも美しい横顔に。
先輩、何を見ているんですか?
それは俺にも見えますか?
そう聞いてしまいたくてたまらなくて、
その感情の根底を否定したくて目を逸らした。
それでも頭から離れない彼の横顔と疑問。
クラスで上手くやれる程度の新しい人間関係を築いても、
家に帰って一人分の食事を作っている時も
何故か彼の横顔が浮かんで、虚しいような苦しいような気分になるのだった。
それから毎日彼の姿を探すようになってしまい、
見当たらない日は何故だか不安になって躍起になって彼を探した。
その不安な焦燥が、寂しさだというのかもしれない。
そんな事をただ、ひたすら思い知らされて
俺は陥落した。
心が荒んでいくのも、見ないふりをして
そうすればするほど自分の気持ちがわからなくなって
気に入らなければ力で訴えかけるようにもなり
気付けばガラの悪い連中からも遠巻きにされるような存在になっていた。
両親には、"手のかからない子"で通っていたから
誰も帰らない家を飛び出し、高校も適当に選んだ所に自分で願書を出した。
そうやって1人で誰にも頼らず、頼られる事もなく生きていくのが当然で
多分、寂しいやら虚しいやら思うことは格好悪いかもしれないと
変な靄を抱えながら
そんなことを全て否定、いや肯定した上で。
ある日気付けば俺は、
余計なしがらみを何一つ抱えることなく
ただ、先輩の眼に映りたくてたまらなくなっていた。
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