117 / 151
第116話 いつも見てるよ
日が落ち、辺りは暗く闇に染まり世界に夜が訪れていた。
恭介は再び雛瀬邸の前に立っていて、
全身真っ黒な上に黒いフードを被っている完全なる不審者スタイルであった。
灯りがともる家を睨んでは、恭介は庭先に侵入した。
物音を立てることなく芝生の上を転がり、リビングと面しているテラスへと入り中の様子を伺う。
カーテンは閉められていたが隙間から中の様子は伺うことができる。
幸い庭は隣の家の壁に面しているので歩行者に見つかることは無いだろう。
中からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
腕の時計に目を落とすと19時。ちょうど夕食どきだろう。
鏡をいくつか取り出し、テラスに置かれた椅子と机を駆使して
反射で中の様子が見れるように設置した。
こうすれば覗き込まなくて済む。
しゃがみ込んだ状態のままその中を覗くと、真姫の顔が見える。
フォークに刺した肉を頬張っていた。
「いいもん食ってんなぁ」
さすがセレブといったところか。
苦笑しながら鏡の位置を変えるとイケメンの姿が映し出された。
ワインを飲んでいる、硝子の兄だろうか。
更に鏡の位置を変えて硝子を探した。
真姫の反対隣に彼の姿を見つけ、恭介は心底ホッとして思わず涙ぐむ。
「先輩...」
あまり元気そうには見えなかったが、生きて動いている彼の姿に感動だった。
硝子は俯きがちに箸で何かを食している。
それぞれにはステーキらしき肉やらサラダやらが置かれているが、硝子の座る位置には
お椀と茶碗のみ、であった。
その格差は相変わらずで、恭介は今すぐ突入したい気持ちを抑え彼の姿を見守った。
先輩が助けを求めてくれたなら、
すぐにでも連れ出すのに。
やがて硝子は席を立ち、鏡で姿を追うのが不可能になってしまった。
家族達はまだ笑いあっていて、まるでそこに硝子がいたのが夢のようで。
恭介は鏡を手早く片付け庭から脱出した。
続いて家の反対側に周り、柵をよじ登って車庫の上に飛び乗った。
昼間はなかった高そうな車が車庫に収納されている。
車庫の屋根は微妙に斜めになっていて一番高い位置まで来ると丁度階段途中の小窓に届くようになる。
昼間鍵を開けておいたので小窓はすんなりと開いた。
丁度階段を登りきり廊下を進む彼の背中が見えた。
やはり彼の部屋は二階だったのだ。
しかし同じ大きさのドアは二つしかない。
一番下である真姫が産まれてから建てられた家であるならば、子どもの数と部屋数が一致しない。
恭介はあの時感じた嫌な予感を思い出し、のろのろと廊下の奥へと進む硝子の背中を見つめていた。
硝子は廊下の奥の引き戸を開け、その向こうの暗がりへと消えていってしまった。
あそこが彼の部屋だというのか。
ドアの大きさ的にもそんなに広いとは思えない。
恭介は暫く眉根を寄せていたが、やがてそっと小窓を閉め屋根から降りた。
今度は道路側から家を見上げる。
丁度彼が入っていった場所の位置に小さな横長い窓が見えて、その先の真っ暗な空間を恭介はなんとも言い難い心持ちで見つめた。
「....雛瀬先輩..」
その理由も定かではないが、
彼は明らかに他の兄妹とは違う扱いを受けていて
それはとても、....。
それが理由なのだろうか?
恭介は両手を握り締めて、その窓を見つめ続けたのであった。
彼は今どうしているのだろう。
泣いていないだろうか。
ちゃんとよく、眠れているだろうか。
どうすれば彼を連れ出せる?
今すぐあの部屋に突入して彼を連れて行きたいのに。
でも無理矢理連れ出してもきっと彼は笑ってはくれない。
自分にもっと力があれば、いいのに。
恭介は唇を噛み締めて、泣き出しそうになりながらその窓を見つめ続けた。
ともだちにシェアしよう!