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第118話 笑ってて
伊積恭介だった。
彼はどこか泣きそうな顔でこちらを見下ろしている。
硝子はサッと体から血の気が引くような感覚を覚えた。
「....あの...俺」
もう会わないと決めたというのに。
硝子はベンチから起き上がり、その場から離れようとした。
「待って」
彼に腕を掴まれるが、硝子は振り返ることが出来なかった。
いずみくん、お願い、離してください。
硝子は心の中で呟きながら震えていた。
「...先輩が怒らないから、俺...ずっと一緒に居られるとか勝手に思ってました...
嫌なとことか、あった?俺のこと、嫌いですか?」
恭介の言葉に、硝子は静かに首を横に振った。
嫌いなわけないのに。
でも、そういう風に思われても仕方ない。
泣き出しそうになったが硝子は唇を噛んで必死に我慢した。
「....わかりました。事情は、よくわからないけど
俺のこと嫌いで避けてるわけじゃない、そう思っていいんですよね?」
彼はそう言ってそっと手を離した。
「雛瀬先輩、俺…先輩のこと助けたいよ。
もし先輩が困ってるんだったら、…俺じゃ頼りないかもしれないけど
先輩のためならなんだってするよ
だから…俺に…言って…?」
硝子は彼が掴んでいたところにそっと触れて、
空を見上げた。
寂しくて痛くて、それを教えてくれたのは彼。
でもその感情はきっと、母親を傷付ける事になってしまう。
硝子はそっと振り返った。
「...いずみくん...あのね...、俺はいずみくんに...笑ってて欲しい。
俺のことなんか気にしないで、笑ってて欲しいよ」
「先輩...?」
硝子は無理矢理微笑んで、それから彼に背を向けて歩き出した。
忘れてくれればいいのに。
本当は嫌われたくないと思っている。
自分の正体を知られて彼に幻滅されたくない。
だから、突き放して、それきりだったら
それだけの痛みだったら。
泣き出しそうなのを堪えながら広場を出ると、じっとこちらを見ている女がいて
硝子は思わず足を止めた。
「そこで何してるの?硝子」
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