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第123話 大切な人

部屋の中をパタパタと何かが飛び回っている。 眼鏡がないためよくは見えないが、虫のような何か。 大きな羽を上下に動かし、ふらふらとこちらへ来てはまた暗がりに戻っていく。 「...っ、..は....ー..」 1人になった部屋で、硝子は這うように壁に寄りかかった。 とても疲れているはずなのに、ここのところ全然眠くないし なんだかふわふわしていて、宙に浮いているような心地だ。 心は靄がかってるようで、自分が悲しいのか楽しいのかも曖昧だった。 硝子は呼吸を整えながら自らの身体を見下ろした。 半分脱げかけたシャツのみを着た状態で、精液と汗と 噛み跡から滲む血が、暗い中では全て同じように見えて。 お風呂に入らなくてはと思うのだけれど。 「.....硝子..」 真一が戻ってきたのだろうか。 人影が戸から滑り込んできて、おずおずとこちらに近付いてくる。 その挙動不審な影に違和感を覚えながらも硝子は目を細めた。 「...っ」 月明かりに照らされた、その泣きそうな顔は清一だった。 この部屋ではありえない人物だったが、彼は手に持っていたタオルで硝子を包んだ。 「硝子...すまない...もっと早く気付くべきだった…」 彼は何故か苦しそうな声を出した。 意味がわからず、硝子は首を傾けた。 何も謝られることなど無いのに、また自分が迷惑をかけてしまったのだろうか。 「茶々くん..から聞いたよ」 「....え」 その名前に、硝子ははっとなった。 「硝子にとって大切な人が、出来たんだね…」 大切な人。 どくんと心臓が脈打ち、硝子は目を見開いた。 そんなのはいないと言わなければ。 言わなければ、いけないのに。 恭介の笑顔が浮かんで、じわっと視界が滲んだ。 大好きで大切で大事、 好きなものができたら、 俺に一番に教えてください、 彼の言葉が次々と再生されて、その時抱いた不思議な気持ちが ぽろぽろと暖かな涙になって溢れてしまう。

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