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第125話 白熱症

彼の声が聞こえた気がした。 でもそれが誰の声なのか、思い出すと悲しくて 思い出さないようにしている。 自分が誰かを好きになることがあるだなんて 誰かに好きになってもらえることがあるだなんて 夢物語だった。 見知らぬ部屋で硝子は目覚めた。 寝ていたのかすら曖昧で、身体中の感覚がないような気がした。 ふらふらと起き上がる。腕には無数の噛み跡が残っていた。 壁に埋め込まれた自分の部屋より大きな窓を見上げると、煙が空に昇っていた。 とろとろと涙が溢れ続けていて、硝子は立ち上がった。 廊下に出ると、 丁度階段を登ってきた真姫が目を見開いた。 「は...?あんたなんでお兄ちゃんの部屋にいんのよ」 彼女はギロリと睨んできたが、硝子は無視をして階段を降りた。 「ちょっと、どこいくのよ...」 「探しに」 「は?」 「煙の、出所」 階段がぐにゃりと曲がって、滑り台のような坂になった。 硝子は軽い足取りで坂を下り、坂が終わるとふかふかとした草っぱらが広がっていた。 裸足で地面を踏みしめながら、硝子は走り出した。 世界が霞みがかっているようで、それでも蝶が舞い花々が咲き乱れ 鳩の声が聞こえた。 空に立ち上る煙に向かって走り出す。 あれはだれかを見送っているのか 不要なものを葬っているのか。 確かめにいかなければいけない。 そんな、思考にひたすら支配されて。 『こどもをつくってしまって すみません このおかねで ころしてください』 どちらでもいい。どちらでもいいから もしその煙の根本に、ごうごうと炎が燃えているのなら 俺もつれていって欲しい。 本当に行かなければならなかった場所へ。 書き出しは、なんにしよう。 やがてひらひらと粉雪が舞い散りはじめ 硝子は凍えそうになりながらも ひたすら、走った。 ひたすら、ひたすら、 煙に向かって。

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