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第133話 帆船
ざぁざぁと波の音が聞こえる。
目の前に海が広がって、水がキラキラと光っていた。
海になんか来たこともないのに、砂浜は美しく続いていて
ヤシの木は風に揺れていた。
無人島に硝子は1人でいて、手にはお弁当と手紙があった。
硝子は砂浜に腰を下ろし、くすくす笑いながら水平線を見つめていた。
「大丈夫、1人でも.....」
この思い出さえあれば。
そう思うと胸が苦しくなるけれど、硝子は笑い続けた。
恭介の笑顔、茶々のお喋り、出来上がった新聞、
環先生の紅茶、夏祭り、彼の部屋のベッド...。
頬に涙が伝っても、硝子は思い出をなぞれば1人でいる状況を受け入れられた。
どんなに理不尽でも。
「ん....」
涙を乱雑に拭う。
大丈夫、と言い聞かせて。
その瞬間急に大きな音が鳴り響いた。汽笛のような、くすんだ高い音だ。
顔を上げると、目の前に巨大な帆船が止まっていた。
思わず駆け寄ろうとして、不意に何かに腕を掴まれて足が止まる。
「行ってはダメよ」
硝子は振り返ろうとして、恐怖で固まってしまった。
「行ってはダメよ、あなたはずっとここにいるの
ずっとここに1人でいるのよ、1人でいなければならないの」
耳元で囁かれ、自分の呼吸の音と囁き声で世界が充たされて
目の前の帆船がぼやけていく。
「こっちを見て」
そう呟かれて、恐々と振り返ろうとした。
その瞬間、再び大きな汽笛の音が鳴り響いた。
ビリビリと振動が世界を揺らし、硝子は顔を上げた。
帆船から誰かが顔を出す。
太陽を背に、こちらに向かって手を振る人物を見上げ
硝子は思わず腕を振りほどきそうになった。
「ダメ、ダメ、行ってはダメ」
必死に引き寄せられ、硝子は首を振った。
「お願い......離して」
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