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第141話 失う、
いつからこうなってしまったんだろう。
硝子が産まれたばかりの頃は、幸せだった。
尊い行いをしたと信じていた。
憎悪が、悲しみが、苦しみが
全てを誰かのせいにしたくて
壊れていった。
崩れていった。
歪んで、いった。
そして。
「......ありがとう、おかあさん」
硝子だけが1人、美しくなった。
あれから清子は、記憶から硝子の存在を消した。
いつも通りに、まるで最初からそんな人間などいなかったように、振る舞うようになった。
その姿はかつての彼女そのもののような気さえした。
硝子は伊積恭介という少年の家に居候するらしく
その手配も全て清一が行った。
彼が成人するまで生活費等は払うと約束し、保護者は自分達ではなく清一に。
ただそれだけの関係になってしまった事が、ほっとしたのかそうではないのか。
ただひたすら虚しさに、打ちひしがれる。
バサバサと教科書の間から紙が滑り落ちて、足元に広がった。
それはテストの答案のようだ。
どれもこれも酷い点で、拾い集めながら苦笑する。
出来損ない。
口癖のように清子が言っていたから。
美しく並んだ文字は、三つずつ間違えては
ようやく正解を繰り返していて
赤点スレスレのものばかりだ。
全て三つおきに....。
「......いや、まさかな」
真一は教科書を全て引っ張り出し、段ボール箱に詰めて紙ゴミの日に出してしまうことにした。
彼が置いていったのだから、もう要らないのだろう。
要らない。
もう必要ない。彼にとって自分たちは。
「.....っ」
段ボール箱にガムテープで封をしながら、何故か涙が溢れてくる。
その涙の原因は、わからない。
復讐と称して重ねた身体の温度が呼び起こされ、
心臓を刺すように、甘く痛んだ。
それが親心だとは口が裂けても言えない。
父親としてだなんて。
これは、多分、
失恋にも似た
チープでくだらない、錯覚だ。
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