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第4話 【平成】賭け事と火遊び
長机を二つくっつけた上に、菓子の袋とトランプの捨て札の山がある。
「逃げた部員、まだつかまんねーの?」
曽我が二枚重ねて札を置いた。
ラグビー部の寮部屋の中にあるミーティングルームだ。
「大学はやめてないみたいなんで、時間の問題っすよ」
答えるのは体操部の主将だ。寮の先輩として曽我には他の部会も敬意を払う。とにかく年長者に弱いのが体育会系だ。
「なんのために、スポーツ推薦で入学したんだか」
「親元離れて気がゆるむんすよ」
曽我の言っていた「首脳会議」とはここでは、曽我を中心に入寮している部会の主将、副将、それに準じる面々が集まって情報交換とトランプの大貧民大会をするのをさすことになっている。捨て札の隣には、千円札が人数分積まれていた。
「遊びたいさかりなのに、カワイソウにねー」
全然心のこもらない口ぶりで曽我が笑う。
「あ、俺パスっす」
甲高い声に、一同の目が声の主に集まった。
「お? なんで津和野がいんの?」
びく、と縮み上がった津和野が、こそこそ小野寺の背中に隠れた。
「あーすんません、俺の手持ち、ボールに入りたがらないんですよ」
小野寺がしれっと言うと、
「お、俺っ、小野寺さんのポ○モンっすか?」
津和野が叫ぶ。
「実戦で使うにはもう少しレベル上げしないとなー」
ラグビー部の副将近藤が苦笑しながらカードをはじく。小野寺はうなずいた。
「そうなんです。『すばやさ』が足りないんですよね」
「あー、それ地味に傷つく……」
津和野がぶつぶつとと後ろで文句を言っている。
野球部の主将、南条が札を捨ててから小野寺を見た。
「今年の松重屋年末バイトの件、二人ほど空きがある。ラグビー部で入りたい奴がいたら枠まわしてやるけどどうだ?」
「マジか、じゃ……」
口火を切った近藤に、南条が威圧する目で制止をかけた。
「お前じゃねえよ。俺は小野寺に借りがあるって言ってんだ」
体育部会の学生は、普段の生活がほぼ授業と練習に埋められていた。金に困っていてもなかなかアルバイトができないのが実情だ。その中で前期休み(中元)と年末(歳暮)に短期で集中して働かせてくれる肉体労働系アルバイトは唯一の収入源といってもよかった。
デパートの地下でもくもくと仕分けと荷積みをする作業だが、気を使う接客もなく、気心の知れたチームメイトとやれるので人気も高い。それを窓口になって今まで仕切っていたのが野球部の南条だったのだ。
「南条さん、ありがとうございます。そしたら、三年の青木が奨学金生でいっつもキツそうなんでお願いします。あと実家が自営の向井。あとで二人に予定確認しときます」
南条が満足そうにうなずいた。
「三年の青木と向井、な」
「小野寺、塩谷はどうなんだ。あいつも金に困ってただろ」
ラグビー部主将の阿部が話に入ってくる。最前列でスクラムを組むプロップを務める、百キロを越える巨体だ。
「いいんですよ、あいつは。親からの仕送り全部雀荘でスってんですから」
「おー、小野寺ちゃん、身内にキビしいね」
曽我がちゃかす。しかしその目は笑ってはいない。
「いざとなれば、ゲイ向けの写真撮影会に出演するって自分で言ってますから、ほっときますよ」
「写真撮影会?」
「マッチョは需要あるらしいですよ。ラブホテルのパーティールーム貸し切ってやるとかいう話で。カメラマンからのポーズ指定はできるけどお触りは禁止で、日当四万って言われたらしいです」
「あれで四万か、高いな」
失笑がおきた。
「そういうのは社会に出る前に痛い思いさせとけ。それが塩谷のためだ。なんなら怖いお兄さん出動させちゃう?」
曽我が酷薄な口調で言う。
「曽我さん、怖いお兄さんと知り合いなんすか」
津和野があきらかにビビった声で尋ねる。
「あれ、言ってなかったっけ? 俺んち地元の不動産業だから。家賃滞納だの立ち退き拒否だのやっかいごとがあるたび、怖いお兄さんに仕事発注する側なの」
上機嫌で頬をひきあげると、鼻の傷も笑うようにゆがむ。
「……ほんとに、アンタだけは敵にまわしたくないですよ」
小野寺は片手に広げたカードごしにため息をついた。
一巡して、また曽我が札を出す。
「阿部さあ、今年のチームの出来、なかなかいいと思ってるよ。お前はいい主将だよ。でも、部が腐るときは、試合に出られない四年からだからな。一本目の成績にこだわるだけじゃなくて、もっと二本目以下の連中ねぎらってやれよ。四年間、一度も公式戦の芝を踏まずに、お前らの練習代で終わる奴らがいるってこと忘れんなよ」
さらっと全員に突き刺さるようなことを言う。
「曽我さん、それって……」
阿部が何か言いかけた途端に、津和野が小野寺の背後からバッタのようにぴょーんと飛び出した。
「俺、イチ抜けー!」
いゃっふう! とまったく空気を読まない奇声を発すると、津和野は最後の札を投げ、嬉々として千円札を両手でかき集めた。
だらだらと続く賭けトランプの途中、便所に、と小野寺は抜け出した。もう話らしい話も終わっている。戻らなくても何も言われないだろう。廊下を歩いて行くと、ぐい、と後ろから腕をひかれた。
「うまくいったか?」
たずねるのは葛城だ。
「ああ。青木と向井にバイトの枠もらったぞ。これであいつらも無事に卒業できるだろ」
親指を上げて見せると、葛城は喉の奥でくつくつ笑った。
「ちょろいな、南条さん」
「後輩思いの義理堅い人だよ。だいたい――俺とお前が組んで、うまくいかないことなんてあるわけねえだろ」
にやりと笑って見せた。
「小野寺は怖えな」
「ばーか。曽我さんほどじゃねえよ」
葛城がさらにその腕をさらにくいっとひいた。
「行こうぜ」
顎をしゃくった先には布団部屋がある。
「今か?」
「今日、曽我さんの煙の匂い嗅いだから、我慢できねぇ」
しょうがねーな、と吐き捨てて一度あたりを見まわすと、誰も見ていないのを確認して二人してその小部屋へとびこんだ。
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